「」(鍵カッコ)をつければあらゆる問題、印象操作、未精査、誤表記も免罪されるというスタイル

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先日の「あの日見た札束の金額を僕達はまだ知らない」事案。新聞社をはじめとする各報道機関のファクトチェックは一向に入らないどころか、自らが積極的に印象操作を繰り返しているのを見るに、報道の品質劣化もここに極まれりという感は否めない。

その「札束」報道に絡んで、「」(鍵カッコ)をつけることでウソでもネタでも問題のある表記でも、好きなようにタイトルや本文に利用できるし、それを繰り返すことで印象を操る事ができる、というよりはそのような思惑で書いている感が強い感を覚えた。本人がそういったんだから、それを書いただけ。いかに怪しいように見えても、本人の言及を記しただけだから何の問題も無い。発信側の思惑に合致した内容をそのままべた写しに記して、それが事実であるかのように伝えるのは、以前指摘もした「専門家と呼ばれる人たちに語らせて、あるいはインタビューをして、報道機関側の主張を不特定多数に周知させる、あるいは多人数の意見であるかのように思わせる」っていう誘導の手法に等しい。

「」をつければ何をしても良いってのは、先日のテロ等準備罪における「共謀罪」で顕著だったよね。「いわゆる」的な意味合いだというニュアンスで、実際タイトルで「共謀罪」と書いて本文でも「『テロ等準備罪』いわゆる『共謀罪』」と表記したのもあったけど。あるいはその前の、安保法改正案における「戦争法」かな。


細かい部分まで精査をすると、結構前からあったようだ。今世紀初頭の話かな。そういや例の「国営漫画喫茶」も鍵カッコ表記で使われていたのかもしれない。

もっともそれらは(正しいか否かは別として)分かりやすいが正しいとは限らない、むしろ印象を誘導するための表記によるものとしての「」だった。今回は事実でないもの、精査をしていないものを「当人がそう主張したのだから正しいに決まってる」的な形で報じている。先日【上下1枚だけが本物の万札の「100万円の札束」は今の報道の実情を表している】でも指摘した通り、そば事案(森友、加計)、さらには報道界隈の現状そのものを表していると評価しても、あながち間違いではあるまい。

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このページは、不破雷蔵が2017年6月23日 07:28に書いた記事です。

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