選択肢が広がるとより良いものを選びたくなるもの

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インターネットの普及浸透とそれに伴う各種付随技術の開発で、色々な方面で選択肢が増えたことは言うまでもない。教育界隈でもそれは同じ。無論、学校の先生を卑下するつもりはないし、義務教育なり高等教育は必要不可欠に違いはないのだけど、それらがすべて押しなべて最高の品質のものに出会える保証は無く、自分が知っている、選択できるインターネット経由の教材の方が、はるかに理解しやすく頼りになる「先生」となる可能性は否定できない。

当方も学校で出会った先生全てが最高の人だったとはお世辞でも言えないからねえ。もちろん、インターネット経由の教材もピンキリで、インチキまがいどころかインチキそのものの情報を伝える界隈も山ほどあるけど。

ただ将来として、こんな話は十分あり得るだろうし、一部ではすでに起きているのだろうなあ、というのはよくわかる。学校の授業よりも参考書や学習本の方がよくわかるってのは昔からあったこと。それがインターネット経由での教材、さらにはVRによるものに変わっただけ。漫画界隈と同じように、障壁が崩され、可視化が進むと、より弱肉強食感が強くなるような気がする。無論そこを上手く泳ぎ渡るテクニック、ノウハウも存在するのだけど(先日のツイッターでの「いいね」「RT」話にもつながるかな)。

他方、授業も塾も自宅からVRで出来るようになるのかなあ、ということになると、別の妄想も頭に生じてくる。以前も言及したことがあるのだけど、岡崎二郎先生の短編集作品に「オフィス」というのがあったんだよね。近未来の日本では自宅でVR使って仕事場に「出勤する」という話なのだけど。リアルに出勤するのとは別のストレス、つまりリアルでない事に対する実態感のなさから生じる圧迫が溜まり、トラブルを引き起こす人が続出するというオチがあったりする。リアルっぽさのある状態とリアルとはまた別のもの。リアルで感じるストレスや、そのストッパーが感じられなければ、心身に負荷がかかってしまうのかもな、と思ったりもする。

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このページは、不破雷蔵が2017年6月 7日 07:30に書いた記事です。

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