社会からお情けを受けていたのを「当たり前の権利」として濫用する活動家の挙動と、タガが外れた人の本性発露と

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先日の「豊洲市場を売って奨学金」をドヤ顔で呈した自称社会貢献派な実態は活動家な方の話にしても、ジャーナリストを自称する活動家にしても、それらの活動家の挙動を見るに、ポジティブな評価をしたり活動家以外の肩書で持ち上げる時点でアウトだなという事案が多々見受けられるようになった。

活動家というのはその活動対象、目的が最優先事項であり確信的利益としており、その他の肩書、所属、挙動は押しなべて踏み台としてしか考えていない。それはこれらの事例で大いに理解はできるはず。すべて悪用して踏み台とし、その台が壊れようとかまわない、そして自らの確信的利益を充足する。それこそが「活動家」の目的であり、理念なのだな。


......的な話をしていたら、例として挙げたうちの一つのジャーナリストを自称する活動家がまたやらかしたので、それも合わせて。結局は記者などでは無く、活動家でしかなく、さらに質疑応答での質問ではなく、単なる要求、直談判であるわけで。さらに今件に絡んで健康社会学者なる者が揶揄的な話の素材として使われていたので、それをさりげに突っ込む形も合わせ。

これまで社会全体からお情けをいただいていた、目をつぶってもらっていたのに、それを当たり前の特権として振る舞うようになったのが、実態の暴露として目立つようになってきたのかなと思うと、ちょっと納得できる部分もあったりする。そしてそれは、大金をつかんだ人が「人が変わったみたいだ」といわれるような行動を取るようになるのと似ているかな、と。要は人が変わったのではなく、元々そういう本性だったのが、タガが外れて露出するようになったという感じではある。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年4月22日 08:03に書いた記事です。

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