ムリして「みんな仲良く」する必要は無いんじゃないかな

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学校のクラスは一種の共同体。その中では構成員はみんな押しなべて仲良くなる必要がある......というのが暗黙の了解だったり、さらにはあからさまに教師などが皆に教えたりする。確かに(弱い者)いじめをしたり、仲間外れを意図的に作ったり、誹謗中傷はするべきではないけど、それはクラスとか共同体とかいう枠組みとは別の、社会常識レベルの問題。

他方、クラスも社会の疑似的な存在である以上、どうしても嫌いな人とか、相性の良くない人の存在もありうる。そのような人にまで無理に仲良くしようとすると、かえって自分のストレスが溜まってしまう。自分自身をいじめているような感じになる。仲良くならないパターンは忌み嫌うという認識があるからこそ、「全員他の人と仲良くしましょう」と指導してしまいがちだけど、実のところ「好き」の反対は「嫌い」じゃなくて「無関心」。この発想が必要なんじゃないかな。

第一、クラスの中で皆が皆平等に仲良くってのは、実際にはあり得ない話だと思うのだけど......。


「すべてを好きになることを強要しない」場合、同時にこれもすることが大切。暴力行為は好き嫌いの範ちゅうを超えた存在でしかないこと、そして好き嫌い・無関心で対応を変えてはいけないということ。これ、子供の中での話では無く、社会人にとっても同じ事。

給食の配膳係が「あなたのことを好きだから大盛り」「お前は嫌いだから肉団子は一つだけ」とやってしまったら、争いのもとになるってこと。社会人になっても、そういうことをする人って結構いそうだけど、やってはいけないことなんだよね。それは子供のうちに習得させなきゃいけないんだよな。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年2月18日 07:48に書いた記事です。

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