フェイクニュースと偏向報道の境界線はどこにあるのだろう

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先行記事で米大統領選における米国の大手メディアによる偏向報道に関して言及したけど、大統領選が終わってからのフェイクニュースなるものについて、その大手メディアが大騒ぎしてバッシングしていたことも思い出した。要はFaceBookやブログなどで盛んにトランプ氏をヨイショするネタ記事を挙げ、それが大統領選挙に影響した、怪しからん、という話。

ただ、色々と米国の「報道」実情を見てくると、この「フェイクニュースは悪い、粉砕する」とその大手メディアが大騒ぎしているのも胡散臭さを覚えるようになった。

偏見、偏向の限りを尽くし、印象操作も繰り返す「報道」と、ネタ的なウソニュースを流すフェイクニュース。その境界線はどこにあるのだろう。そもそも、先日の記事でも言及したけど、大統領選挙の投票において、それらが含まれると思われるブログやFacebookを投票行動の柱にしたとする意見はごく少数だったってのは、どのように解釈すれば良いのかな。

第一、「フェイクニュースは悪い、だから大統領選挙もあんな結果になった」的な話を持ち出すのなら、それを語る大手メディアの影響力は一体どうなっているんだろうかという感はある。自らの責務も放り出して、大騒ぎした結果、身の内の実情が暴露されてしまったような状況な気がする。

印象操作や偏向報道も程度がひどすぎると、フェイクニュースと何ら変わりは無い。情報操作の方法はいくらでもある。まったくの公明正大ってのはムリな話ではあるけど、逐次報道に携わる者はそれを繰り返し自分に覚え聞かせ、グレーゾーンを歩くにしても極力白い部分に近いように、できるだけ白い部分を歩くように自らを律しなければならない。それを忘れでどんどんグレーなー、そして自分の思惑にかなうような領域に踏み出し、ブラックな領域にいる人たちを騒ぐことが、どれだけ危ういのか、自認しているのだろうか。

印象操作による偏向報道とフェイクニュースの境界線はいずこにありや、全世界は知らんと欲す。

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このページは、不破雷蔵が2017年1月23日 07:49に書いた記事です。

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