臨機応変さ・柔軟性と「間の悪さ」とAIと

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「間が悪い」というと解釈が多様にあるけど、どうもタイミングが悪い時にやらかしてしまうとか、そのやらかしを上手く処理できないとか、イレギュラーな事象に遭遇してしまうってのが一般的な話。ただよく考え直してみると、誰にでもイレギュラーとの遭遇はありえるわけで、それをいかに減らせるように事前対応をしておくか、そして遭遇しても適切な処理ができるか、被害を最小限にとどめることができるかで、「間が悪い」か否かが決まるような気がする。要は遭遇自身が「間が悪い」というよりは、遭遇した後の対応ができるか否か。臨機応変に事態に対処し、適切な処理が出来れば「間が悪い」と評価されるような状況にはならない気がする。要は「想定の範囲内」にとどめる事が可能という結果に落ち着く。


この臨機応変さができないってのは、確かに今のAIの弱点かもしれない。ただそれは、その臨機応変さに関するプログラムができていないまでの話。ただし、何かトラブル、想定しえない事態が生じた時にどのような対応をするか、それを過去の事例と自分のリソースから判断し、最適解を生み出していく......というロジックは、元々「何か起きたら何かをする」で構築されているプログラムでは難しいのかもしれない。

また、「仕事って優先度の付け方と納期設定で半分は終わる」ってのはもの凄く的を射ている。要は無理のないスケジューリング(リソースの分配や可能性のあるトラブルへの保険的対処の備えまで含めた包括的なもの)がとても大切で、「間の悪い人」はその構築ができておらず、何かあった時に適切な対処ができずに結果として「間が悪い」となってしまうような気がする。「空気が読めない」は当人がマズい状態に陥ったことも認識できないという点を除けば、似たようなものかもしれない。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年1月30日 07:53に書いた記事です。

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