授業の板書の写真撮影と「学ぶ」ということ

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かつては個人ベースでカメラの類を気軽に持ち歩くなどという状況は想定し難く、せいぜいポラロイドカメラが登場した時に、それを使って黒板の内容を映してノートの補完をするとの事例があったという話をちらほら聞く程度。コストパフォーマンスが悪いからか、一般化はせずに、その後コンパクトなデジカメ、さらにはスマホが普及浸透し、今件のような「授業中の板書を撮影しても良いか否か」の論争がなされるようになった。

大学全体として、許可あるいは禁止令が出ているのならまだしも、教授の判断次第とするのなら、これはまさにケースバイケース。教授側のポリシーやら授業内容やら板書の仕方やら、多種多様な要素で判断が成されうる。

まぁ、撮影アリにしても、無音モードはマナーレベルの問題ではあるし、ネットにアップってのも常識論としては避けるべきではある。


他方、このような指摘もあり、これもまた大いに納得同意させられる。資料を創る......というか移すこと自身に夢中になってしまい、その中身まで理解が回らないのだよな。自分で考えながら足し引きをする際の資料として、写真などを用いればよいのだけど、写真を撮ってしまうとそれで安心して、理解しようとするところまで頭が回らない。また、写真を撮ることで「聞きはぐっても後で補てんできるだろう」との想いが強くなり、リアルタイムでの講義視聴への熱が入らなくなる。録画が当たり前になった現在と、録画などごく一部の世帯でしかできなかった昔における、リアルタイムテレビ視聴への熱中度合いと同じ。

結局写真にしても映像にしても、それは資料として役に立つ面も多いけれど、それを閲覧なり再生して確認するのは、確実に余計な時間を取ることになる。そこまでしてでもより詳細な、正しい内容を把握して自分のモノにしたいのなら話は別だけど。

まぁ、決まりに抵触しなければ、板書の動画を撮ろうが写真を撮影しようが自由ではあろうけど、それを使って勉強を一層充実させるか否かも自由だし、結果として単位をとれるか落とすか、学問を身につけるか否かも自由だからねえ......。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年12月 1日 07:47に書いた記事です。

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