福島から豊洲へ...デマを流すことが成功体験になっているので繰り返される、それだけの話

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福島と豊洲の間にはいくつもの過程もあるのだけど、それを全部細かいところまで挙げていくときりがないので手っ取り早く。なぜ反省が生かされていないのか、成功体験として同じようなデマやガセの暗躍...というか明躍と表現できるような状態が繰り返されているのか。

発想を変えると、これらの疑問の答えはすぐに出てくる。風評被害を起こした報道界隈や左派にとって、損失は皆無に等しく、そして多様な利益を上げたのが現状。自身の存在価値を知らしめ広報活動となり、寄付金や信者を集め、視聴率や購読数を上乗せした。これ以上の成功体験は無い。損失? 行き過ぎたところがあったら「ごめんなさいね、てへぺろー」的な頭を下げるくらいだったよね。具体的、物理的、金銭的、法的に何か罰則が生じたものでなければ、それは損失に値しない。頭を一回下げて100万円もらえるなら、だれもが何度だって頭を下げるよね(ネットスラング、ネタでよくある、「ボタンを一回押すと1億円もらえるけど●×になる」の、●×の部分が、実質的に自分とは何ら関係の無い話だったケース)。

そして被害を受けるのは、直接風評被害を、そのガセネタが原因で色々な事象が生じて被害を受けることとなった間接被害をこうむることになった人たち。

このような界隈における成功体験が認識経験され、同じような所業が繰り返され、被害を受ける状況を防ぐには、「多大な利益」が生じないようにするのと共に、差し引きのための損失が生じる必要がある。上記の「頭を一回下げて100万円もらえる」なら、単に頭を下げるだけでなく、自分のみ給料が半額になるとか、家賃が2倍になるとか、好きなものが1品、一生食べられなくなるとか、前科が一犯つくとか、自分のパソコンのハードディスクの中身が全部インターネット上に公開されるとか、そんな感じ。

以前触れた記憶もあるけど、風評被害に関わる損害賠償請求の提起が良い例。一斉に、多段的に。たとえ相手が報道であっても。


豊洲界隈に限っていえば、こんな指摘もある。上記の成功体験の反復以外に、これが大きな原因であるとの人もいるだろう。振り上げたこぶしはなかなか自分で下せないとの考えも目にしたことがある。ただ、そのこぶしを自分自身にではなく、無関係な、振り下ろすべきではない人に向けて振り下ろした場合、今と昔とでは状態が異なることを認識しておかねばならない。その類の話は情報の質が変わった現在においては、昔の常識が通用しないことを知っておく必要がある。

建前を貫くために、意地をはってうそにうそを重ねると、虚言をつくろうために虚言を繰り返すと、理不尽な狼藉を成し続けると、後でまとめて利子がついて清算されることになるのがオチ。あるいはその負債に耳と目をふさぎ、負債持ちと指摘されつつその後を過ごすのを覚悟する次第。過去の挙動は記録され、掘り起こされ、精査される。過去において清算していなければ、利子はぐんと複利でふくらんでいく。

あの時は知らなかったから、だまされていたから的な、さらには芸風だった、そして儲けるためには仕方がなかったからとのいいわけば、自分自身にのみ損失が生じた場合にのみ通用するもので、その虚言やうそや狼藉で他人に被害が生じた場合、その他人に許しを請わねばならない。だまされていた、芸風だった、仕事だからとの説明を、なんでも好き勝手にできる免罪符としてはいけないのだな。

            

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2016年9月26日 07:49に書いた記事です。

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