生産性アップは労働時間短縮のためにある。そしてプライベートな時間の確保は大切

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さまざまな技術や機器の開発、普及で、個々の行動に対する生産性、効率は上がったはずなのだけど、なぜか人は相変わらず忙しい...というより一層忙しさを増している。10のものを創るのにこれまで8時間かかっていたものが新技術の導入で4時間で出来るようになったら、残りの4時間は自由にしていいよってのではなく、ならば2倍のものが作れるよね、となってしまう。技術導入で必要となったランニングコストの回収のためにはもう少し生成物を増やすことが必要だってのは分かるけど、総労働時間が変わらないのは、何か変な気がする。

生産性が2倍になったらそのまま労働時間を半分にしろ、というのは無理があるにしても、2割減とか3割減ぐらいはアリでは無いかな、と思うのだけど。そもそも生産性を上げる理由ってなんだろうということになってしまう。

生産性と経済観念の話はまた別にしても。労働時間の短縮で自分のプライベートな時間を増やしたいとする発想は決して悪い事じゃない。というか当たり前。いつから残業が当然のことで、平日は午後6時から7時ぐらいに帰ってくるのは滅多にないという状況になったのだろう、サービス残業が多分化したのはいつごろからだろうとか、考えて見たりもする。「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」的な時代にまでさかのぼるのはともかくとして。


プライベートな時間を十分確保できないってことは、自分の身の回りのあれこれに手をかけるリソースを割けないことになる。生活力を鍛えることもできない。結婚していて相方がそれをサポートしてくれればよいかもしれないけど、何らかの理由で一人暮らしをせざるを得なくなった時はどうするのか。そしてもちろん結婚していない時には。

ゴミ屋敷問題とか、コンビニの盛況化とか、生活力の無い大人(特に男性、中堅層以降)の問題が目立つようになってきたのって、あるいは効率化による労働時短がなされないこととか、残業が当たり前になっていることとかも、多分に影響しているのかもなあ、と考えたりもする。

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このページは、不破雷蔵が2016年6月 7日 07:28に書いた記事です。

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