ワクチンと農薬による害虫対策と

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各種ワクチンに係わる反対運動は少なからず存在する。ただそのほとんどは相関関係を因果関係とすり替えたり、上げた手の振りおろし先を見つけたとばかりにネタに使ったり、さらには自分の美意識を肯定するために敵を創るという事例によるもの。タミフルに係わる異常行動が良い例だし、狂犬病ワクチンに絡んだ反対者の意見も然り。

世の中には完全無欠ってものは存在しえないから、ワクチンであろうが何だろうが、副作用発生のリスクは存在する。ただそれは微々たるものであるし、不特定多数の安全や健康、社会の安定化との間で天秤をかければ、どちらが必要なのかは容易に理解は出来る(無論一定以上のイレギュラー的トラブルが発生しうるのなら、それは当然考察し改良する必要はある)。

自分がワクチンを打つことで安全になるってのは、周囲の人にも安全を提供することでもある。先の子供向けハーネスも概念的には似てるかな。つける・つけないは確かにその子供を持つ親の自由かもしれない。けれど、「つけない」との選択肢を選び、事故が生じた場合、不幸になるのは子供自身とその親だけじゃない。対象となる自動車などの運転手、そしてその場の管理をしていた人達にまで責が及びかねない。子供が急に飛び出して、自動車側も通常はリスク体現を想起しにくいような場合でも、運転手に責任が問われることもあるし、そうでなくても一生負い目を負ってしまう。


良い例がこの畑作における無農薬栽培。無農薬による栽培をする・しないは個人の自由ではあるのだけど、農薬を使わない場合当然虫が発生する可能性がある。小まめに処理をしても、各種通常の薬を使うよりは多数の虫、病気が発生しうる。そしてその状態がきっかりとその畑の内部だけで留まるのなら「自己責任」で済むけれど、通常は周囲の畑にまで及んでしまう。

時々自宅のポストにも投函される、ワクチン反対系の書き殴り的なチラシの類を読むたびに、その内容の電波的・非科学的な主張に頭痛を覚えるのと共に、ある意味このような主張もテロ促進と同じなんだよなあ、と思ったりもする。


結論としては、こうなるのかな。打ちたくない、させたくないってのは個人の自由として尊重されるべきではあるけれど、それによって生じる作用が社会の福利に明らかに反するようなものであるのなら、せめてその作用を生じさせないような措置を取りなさい、というもの。

もっとも、風邪ひいて熱が出た時に「周囲の人に移す可能性があるから休んで早く治しなさい」との対応をせずに、「無理してでも出社して仕事を続けろ」的な話が多々あるような状況、つまり「周囲に状況が拡散しうるリスクを軽んじる社会環境」も、ワクチン絡みに関する問題を助長している一因ではないかな、という気はする。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年5月28日 08:18に書いた記事です。

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