千羽鶴をぎょうざの皮で折ってみたらどうだろう

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相手方がある程度状況の安定を果たしてからならともかく、まだまだどたばたしている時に、善意の押しつけ的な状況となっているだけでなく、さらなる負担を相手にもたらしていると指摘されている千羽鶴問題。元々千羽鶴を折って贈るという習慣そのものの経緯などを詳しく調べて現状を確認すると、それだけで論文の一つや二つ書けそうな気がする。

先の九州・熊本地震でもその問題がクローズアップされている。贈る側は多分に善意なのだから文句を言うな的な姿勢が見受けられるけど、それってまさに自然災害のたびに発生する野良ボラ(統制のとれていない、募集していないのにやってくるボランティア)とか、援助物資に古着やら要らないものを押し付ける姿勢と同じ。相手の助けが第一義的のはずなのに、相手を助けた、思いやったという自己満足の達成が目的となってしまっている。

で、千羽鶴に関しても、お札で折ったら的な話はあったのだけど。あの形で鶴を折るのは結構難儀するし、受け取った側はそれなりに嬉しくはあるのだけど、折ったものを元に戻すのには手間がかかるので、だったら最初から義援金なりをすればいいまでの話になる。

だったら鶴を折る行為を食べ物で成して、それを食べることで相手を想う行為を昇華させれば、誰にも迷惑はかけない。昨今ではソーシャルメディアで写真を撮ってアピールすることができるのだから、承認願望も充足できる。

鶴が折れる食品は何か無いだろうかということで、とりあえず餃子の皮を思い出してみたわけだけど、正直餃子の皮では少々小さいかもしれない。同じ素材だけど、春巻きの皮の方がいいかな。お菓子の材料で似たような皮があった気がするし、オブラートでも良い感はある。

なんにせよ、相手のことを思いやる気持ちの体現が千羽鶴ならば、まずはそれを受け取った相手がどのような状況なのか、受け取って迷惑がかかるのか否かを考えるべきではないのかな。要はTPOをわきまえようってこと。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年4月28日 07:20に書いた記事です。

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