指摘されてハッと気が付く「職場の人は友達では無い」とする考え方

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その職場がどのようなプロセスで生まれたのか、また職種の内容によっても多分に違ってくるし(例えば知人同士が集まって創ったベンチャーとかね)、企業の中にはむしろ友達関係的な状態になる場合もあるのだけれど。指摘されると確かに大よそにおいては「職場の人は友達では無い」という話は事実となる。一日の大部分の時間を共に過ごすため、どうしても一体感が構築されるし、企業側もむしろそれを求め、効率向上を推し量ろうとしている部分もあるのだけど(企業内のイベントなどが好例だよね)、この大原則は覚えおく必要がある。

とはいえ、それをもとに毛嫌いする云々ではなく、むしろ②や③のための前提的な話。友達ではないけれど共に過ごす時間が長くなるのだから、関係修復のために色々と悩む必要は無いし、同調して評価したり讃えるのならともかく、蔑むことに加担するまでの義理は持つ必要が無い。ある程度の距離感をおいた上での協調って、難しいけれど、長い目で見るとプラスになることは多い。


0.9×0.9=0.81とか、0.8×0.8=0.64ぐらいが、仕事における悩みの中での対人関係って話。これ実は複数の調査結果でも似たような数字が出ている。同僚、上司、部下。それらとの折り合いの問題で頭を痛めているってのが非常に多い。それが元で転職したい、辞めたいとの意見も多い。どれほど仕事の内容が素晴らしく、お給金がよくても。

もっともこれって、企業内でのやりとりに限らず、二人以上の人が集まる機会では必ず生じる、考えさせられること。共にする時間がそれなりにあると、つい友達と同じように認識してしまうところがあるけれど、そうではないことに気が付いて割り切りを覚えると、なんだそうだったんだ、そこまで深く考えることはなかったんだ、と色々と吹っ切れるはず。近づきすぎず、のめり込まず、適度な協調。効率を悪くしない程度の調和を意識し、自分が食いつぶされることの無いように心がける。

ドライかもしれないけれど、それで自分が潰されてしまうよりは遥かにまし。「お給料は我慢料」だったかな、そんな言葉もあるぐらいだからね。

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このページは、不破雷蔵が2016年3月19日 08:39に書いた記事です。

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