「両論併記」は一見公正で正しいように見えるけど

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先日掲載された毎日新聞における甲状腺がんに係わる、論争記事という看板を有した併記記事と、その掲載方法に関する問題点を指摘するもの。これ、以前【(1+0)÷2=0.5、悪平等を使ってオヤツを横取りする方法】で紹介した悪平等の悪用や、【「ヘイポーの謝罪文レベル」なスピリッツ「編集部の見解」(まだ未確定)】などでお伝えした「美味しんぼ」のシリーズ最終回で識者の声として、その筋の専門家とトンデモ系関係者を併記して同列に仕立て上げたのと同じ手法なんだよね。で、なぜそのようなことをするかというと、指摘の通り、読者受けするから。あるいは新聞側の核心的利益として、煽動させたい、さらには推したい側の権威を底上げしたいというのも透けて見える。

「両論併記」は一見公正でメディアとしての大義を果たしているように見えるけれど、実態としてまったく立ち位置の異なる、価値に差があるものを同列のものとして第三者にイメージさせる問題点がある。見方を変えれば、価値の低い、受け入れがたいものを底上げする表現方法でもある。

実際には100と2の信ぴょう性・価値の両論を「両論併記」の大義名分で相並ばせると、第三者からは(100+2)÷2で51の価値がある者同士に見える。さらには100の方に2がけん引され、2の信ぴょう性しかないものが100近くにまで見えてしまう。

不特定多数に公知できる力を持つマスメディアが、この方法論を悪用すると、「世論を創り」、自説に近いサイドの論説の価値を高める事ができる。公平という大義の濫用といえるのだろう。

良い例が前世紀の某新興宗教団体でメディアが取った立ち位置。「両論併記」の大義名分のもとに非科学的・非論理的な話を語る界隈を、次から次へと登場させて、主張を公知させてしまっている。一応、科学的な見識を述べて否定する人達も登場させてはいたけれど。エンターテインメント、最初から作り話であるとの前提の場ですらない。結局あれも、「世間が求めているから」との御旗を振りかざし、視聴率が取れるという甘い蜜の誘惑に勝てずに行った悪行に他ならなず。

本来「両論併記」ってのは公平であるための条件の一つなんだけど、それを逆手にとって不公平、さらには不遜な目的に使うってのは、大いに問題視されるべき話に違いないのだけどな。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年3月15日 07:32に書いた記事です。

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