完全に計算され尽くした世界はリアルには見えない

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以前CGで人の動きを創ろうとしたら計算は合っているはずなのにどうにも無機質感が否めず、アニメ関係の専門家のアドバイスでわざとほんの少しだけタイミングをずらしたり誤差をもりこんだところ、途端にリアル感が出た的な話をした記憶もあるのだけど。今件もまだ方向性としては同じもので。生物としての人間、そして世界そのものは奇跡に近い整合性、計算され尽くしたものに違いは無いのだけど、実のところ細かい部分でイレギュラーやミスがあって、そのようなゆらぎ、カオス感、遊びまで含めて、人はそれを自然なものとして認識している。だから完璧なものを創ると、造形としては正しいのだけど、リアルでは無くなってしまう。「何となくだけど、創りものっぽい」的な。

仮想現実世界は計算の上で創られた世界である以上、イレギュラーは許されない。バグとなる。しかしリアルにするためには、本来必要が無い、計算から外れた遊び、ミスが欠かせない存在となる。世界そのものをぶち壊すようなものは問題外だけど、許容範囲内のミスを意図的に盛り込む必要があるという、禅問答的な要素を実装して初めて「リアル」を再現できるようになる。


作り手の端々やNG集がリアルさを増す要素となり得るって指摘は、正直当方にとっては初耳であったし、確かに指摘されてみるとその感じは多分にある。単に「修正するのは面倒だからそのままにした」「モッタイナイから最後に配信した」ってわけではないのか。舞台裏をのぞかせることで、制作過程を想起させ、一体感をより深いものとする。

まぁこれもあまり度が過ぎると、直感的にリアルさを覚える云々の領域を超え、「手作りでないとダメだ」「努力をしないといけない」からさらに「手作りであれば何でもよい、工業量産品は全部だめ」「努力すれば結果はどうでもよい」という暴走をしてしまうので注意が必要なんだけどね。直観としてのリアルさ、一体感を得るための方法論が、それ自身を目的としてしまっては元も子もないわけだから。

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このページは、不破雷蔵が2016年2月 7日 07:53に書いた記事です。

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