作者への感想と、その感想への返事と

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商業誌にしても同人誌にしても、かつてはアンケートはがきなり声援のお手紙など経由でしか読者の意見を届けることは出来なくなったけれど、作者がブログを創ったり、Facebookやmixi、ツイッターにアカウントを取得して意見を聞き取れる場が生じたり、あるいは掲示板の書き込みをセルフサーチして収集するのを期待する形で、作者に読者が感想を直接語る場は増え、ハードルは低くなった。

で、その感想はといえば十人十色で方向性もさまざまで、中には色々とアレでナニなものもある。それらも含めて、作者が読者に感想を求めた場合、感想を受けたらお返事をしないのはいかがなものかとの話があり、そのお返事......的な意見・指摘が上の通り。

これ、ちょっと状況を変えてみれば分かると思うのだけど、掲載誌に「●×先生へのご意見待ってます」と書かれてあって、その通りに意見をハガキにしたため、返事が来ないと「何で希望通りに意見したのに返事が来ないんだよ」とキレるのと同じパターンかな、と思うと分かりやすい。意見をする読者にとっては、自分自身の送る意見がすべてではあるけど、受ける側にはそれがすべてでは無い。リソースに余裕があり、返事をする価値があると判断すれば返事をしても良いのだろうけど、すべてに対応していたらきりがない。ブログを運用していてコメント欄を解放したところ、次々にコメントが寄せられ、それぞれに一つ一つ返事をしていたら、ブログの記事を書く時間が無くなってしまった、といった事例は結構あるはず。それと同じ。

ツイッターの場合は特に、送り手側のハードルが低いし、LINEのような密接性・リアルタイム性があるような錯覚も受けるので、俗にいうmixi疲れ・LINE疲れ(返事が来ないと相手とつながっていない、無視されていると誤認し、虚無感を覚えてしまう)が生じるのだろう。

個人的には感想の類は、神社などでお賽銭を投げる感覚で良いかなと考えている。お賽銭を投げれば確実に神社にはプラスの影響がある(スパムなどの場合はゴミを放り投げる=良くない事、だね)。そして作者先生からの反応は、お参りで実際に恩恵があったり、夢に神様が出て来たような感じ。あれば嬉しいけれど、無くても当然。感想を述べた事自体が自分にとっての「気持ちを伝えた」との満足感に浸れる行為であり、お返事が来たら宝くじに当たったぐらいの感じでいいんじゃないかな。

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このページは、不破雷蔵が2015年8月20日 07:28に書いた記事です。

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