なぜ日本を叩くのが必要不可欠なのかな、と考えてみる

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先行する話のアンテナ周りでもちらりと触れているけれど、ネパールでの地震の件ひとつをとっても、さり気に、あるいはあからさまに日本を叩く、ディスるという枕詞的なものが直接入っていたり、それが前提となっている事案がある。日本が劣っているのは確かかもしれないけれど、それはそこでは語るべき話ではなく、むしろなぜそれと連動させるの? みたいな。

子供が大人から怒られる時に、何に対して怒られる時にもついで的に「いつもお前は遊んでばかりいて」「隣の●×ちゃんと比べてお前は出来が悪い」と言われたら、理不尽さを覚えるのと同じ。で、上の話を思いおこした次第。


一つ一つは以前別の記事で言及していたけれど、大よそこんな感じで納得は出来てしまう。「政治が、国が悪い」といえば喜ぶ層が居る、ネガティブな話の方が生物の本能として注目されやすいのでビジネスとしては好都合、特定の悪者を仕立て上げることで安心できる(二分法的な、あるいは「妖怪の仕業」的な方法論)。加えるならば、特定の対象を攻撃することで満足感を「伝える側が」得られるというもの。「巨大な権力に抗(あらが)う俺様、正義を追求する私たち、カコイイ!」みたいな。

まぁ、人の欲はかくも罪深きものなり、というところかな。

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このページは、不破雷蔵が2015年4月27日 07:36に書いた記事です。

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