情報をシェアする際の「ジャズ喫茶理論」と即時に否定される実情と

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当方のツイッターのタイムライン上にずらりと並び、そのツッコミ内容に思わずお茶吹いた感フルスロットルな感じのお話。「ジャズ喫茶理論」なるものを自前で提唱して自前で実証する辺りからしてすでに炎上商法的な香りがするので「のせられたかな?」的なところもあるのだけれど。

要は「ジャズ喫茶でちょっとカッコつけるように、他人に記事をシェアする際には自分の立ち位置を底上げするようなものを上げる傾向がある」という論理に対し、「ならばなぜ大本の、カッコよく見えるであろう記事自身ではなく、悪質系として名高いまとめサイトのリンクが張られるんだ」という、身もふたもない事実で否定するというやり取り。まぁ、確かにその通りだな。

あるいはシェアしている人の中には、「悪質系まとめサイト」を頭良さげに見えると認識しているかもしれない......とはいえそれは少々考えにくいので、あるとしてもごく一部だろう。それよりはむしろ、色々と考えて格好つけるのは面倒くさい、そしていつも使っているからお手軽に的な感じなんだろうな。自分で食べてるクッキーが超美味しいので「これ一つ食べてみなよ」と隣にいる友人に分け与える感じ。シェアという行為は多分に半ば無意識に行われるものであるからね。そこに自分をカッコつけるとかいう感情は無い。

要はジャズ喫茶理論なるものが実在したとしても、その理論は結局のところ、ジャズ喫茶を利用するような属性、状況、環境下にしか通用しない、ということなのだろうな。


実物品にせよ情報にせよ、他人にシェアする状況は多種多様で、シェアする内容や対象によっても思惑は大いに異なってくる。一つの理論とやらで大勢を包括できる類のものではない。シェア行動が非常に奥深い行動であることは、はてぶとツイッターのツイートとFacebookのいいねとでは、記事内容によってカウントが大きく異なることからでも明らか(記事の内容によってまったくツイートされないけれどFacebookのいいねがされまくり、その逆でツイートされまくりなんてのも良くある話。プレスリリースのポータルサイトを見ると良くわかる)。

「ジャズ喫茶理論」なるものは存在するかもしれないけれど、理論体系化するまでの汎用性は考えにくい。むしろその理論は記事の巻末に記述される参考文献あたりの傾向に近いのではないかな、というのが素直な感想ではある。

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このページは、不破雷蔵が2015年3月22日 06:58に書いた記事です。

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