パソコンは古い新しいの問題では無く、道具として使えるか否かの問題

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昨年ちょいと話題に登った、若年層のパソコン・キーボード離れ。新学期、就職に絡めたアレコレの話が活発化してきたこともあり、また再燃してきた......というか具体化してきた感がある。手元の各種データでもパソコンの利用機会が若年層で減っていることは明らかにデータとして出ているし、検証は来週以降になるけれど国際比較としてもその様相が確認できる調査結果も見出すことが出来た。「一部だけでは」との意見もあるけれど、複数の教育関係者や企業の新人指導的な立ち位置の人から同様の意見を見聞きするに及び、特定少数の話では無い気はする。


これも結局一つのケースでしかないのだけれど、パソコンの必要性ってのがじわりと来るやり取りではある。それと同時にパソコンとスマホの違いが、そのハード自身の違い云々ではなく、実はそれを使って何をするか・出来るかの違いであるにもかかわらず、ハードの違いという分かりやすいけれど、本来の主旨とは離れた観点で世間一般では語られており、それと実情とのギャップを覚えさせられる。


昨年のスマホ・パソコン論でもおぼろげながら感じていた、あるいは端々で語っていたかもしれない、根本的な問題が大よそ把握できた感はある。スマホでインターネットにアクセスはサクッと出来るけど、仕事などの業務作業は腰を据えて行うことは出来ません。サブマシン的な使い方は不可能ではないけれど、スマホ上で表計算は難しいし、画像加工もシンプルなもの以上は困難。プライベートのネット利用ではスマホで十分だけれど、仕事用にはちょいと無理......というところ。スマホとパソコンの問題って。例えるなら営業マンで普通免許取得必須みたいな雰囲気。

「パソコンが使える」ってのは「ゲームが出来る」「ネットサーフィンが可能」という意味では無く、業務関連ツールが使える、それらを含む、体系的な操作を熟知しているという意味になる。本来なら。ところが「パソコンが使える」という言い回しが、多分に「スマホでも出来ることをパソコンで行う」ことが「パソコンが使える」という意味合いとして用いられているので、おかしな話となる。スマホはスマホ、パソコンはパソコン。長所短所持ち合わせている。片方万能主義、もう片方はアウトってのは、単なる宗教戦争でしかない。

「パソコンを使える」っのては厳密にいえば「キーボードによる入力が出来て、マウスなどを使って一連のインターフェイスを取り扱うことが出来て、ワープロによる文字入力が出来て、ブラウジングが出来て、オフィス系のソフトをそれなりに使いこなせる」「ネット利用の際の最低限な情報リテラシーの取得を果たしている」「データの管理概念を会得していて保全と管理とやりとりが出来る」「ビジネスレベルのメールのやり取りが出来る」「ファイルのやり取りが適切に出来る」ことを意味する......って列挙したら随分とハードルが高い話になってしまった。当たり前だと思っている内容が、実は明文化したらエラいことになったという実例。

でも「パソコンが使える」って実の所、こんな感じ。

要は、パソコンもスマホも「道具」に過ぎない。その「道具」を使って何をするか、出来るかが要。「パソコン(PC)が出来る」って表現そのものが、実は現状の問題点を如実に表しているのかもしれない。スマホでネット利用者は増えるけど、ネットを使って仕事が出来る人が増えるわけじゃなく、逆に減るかもしれないという、笑うに笑えない事態。新時代の幕開けでござるの巻。

仕事の現場が全部スマホやタブレットで、業務管理運営、作業の道具として使われていて、パソコンが必要ないって状態なら別にいいのだけれど。実態は道具としてパソコンが使われている以上、その道具が使えなければ仕事が出来ないわけで。運送業者に勤めて、自分はバイクしか免許を持ってないけど移動には十分だから問題ないと主張しても、トラックを運転してもらわなきゃ困るのよ、と言われたら、トラック免許を取るか、あるいは転職するか、免許の要らない部署への配属を望むしかないわけで。

主義主張としてのスマホやパソコンの利用、優先性ではなく、道具として使えるか否かとの観点で考え直せば、なるほど感があるのだよね。パソコン使うな、スマホを使うなではなく、スマホを使ってもかまわないしむしろその方が便宜性は高まるのだけれど、パソコンを併用できないと大変だよ、できることは限られるよ、ということ。


「んじゃ、今の学生でパソコン使っていない人はどうするのかな」という、最初の教鞭をとる側のお話でも色々と出ていた件については、こんな話もある。一人パソコンが使える人がいれば、それを共有するまでの話。要はパソコンを使える人がサーバー的な役割を果たし、スマホしかない人たちはクライアント的に利用してもらうことになる。すべてがすべてではないけれど、この手法の場合、パソコンが使える人が圧倒的優位に立てることになる。「今、パソコンで一歩先んじる」って話がマジなものになる、かも。


「パソコンができる」にここまで求めるのは少々酷だけど、確かに指摘されれば、これぐらいのスキルはあった方が良さげ。専門スクールの話も冗談抜きで出てきそうな気がする。

繰り返しになるけれど、別にスマホを否定しているわけでは無いので、念のため。道具としてパソコンの(広義な意味での)利用がお仕事の上では必要不可欠な状況に変わりはないって話。むしろ逆手に取り、パソコンを一通り使いこなせると、仕事はもちろんその他いろいろな方面で、選択肢は広がり、土台もしっかりとしたものとして人生を歩めるよ、みたいな感じ。

ってこれ、別にパソコンに限った話では無く、すべての道具にいえることなんだけどね。例えば自動車、たとえば資格、たとえば料理の腕、とかさ。

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このページは、不破雷蔵が2015年2月26日 08:06に書いた記事です。

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