夫婦別姓選択制の話。「自分が不利益を受けたから選択できるようにすべき」で済む問題かな

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先日ヤフー個人ニュースのオーサー権限でニュースに解説として【夫婦別姓賛成派4割強、反対派は過半数(2014年)】【「夫婦別姓選択」反対派、賛成派をわずかに上回る】などの調査結果を挙げた、フリーライターな方による「夫婦で別姓を名乗れるように選択肢を設ける法改正を云々」という話。結論が出るのはもう少し後になりそうだけど、この夫婦別姓選択可能とするか否かについては、随分と前から論議が繰り返されている。そのたびに、便宜性よりも不便さ・問題点の方が大きいことや、世論の実情を受けてお蔵入り。

今件の訴えに係わる記事をざっと読みしたのだけれど、どうも原告となる人やその周辺の人たちの意見の限りでは、選択をする対象となる当事者、つまり夫婦、特に女性側の意見「不利益を被っているからどうにかしろ」的な話が強調されるばかりで、それ以外の関係者の声がほとんど聞こえてこないのが気になる。その一つが、今回ふと思った子供の話。

当事者が夫婦のみで子供が居ないのなら、当人らの意志による別姓もアリだろう。法的要件云々は別として。で、子供はどうなるのかな。どちらの姓を名乗ることになるのだろう。まさか佐藤田中太郎のように、夫と妻の姓の両方を名乗るってことはないだろう(そんなバカな)。どちらか片方の姓になるのだけれど、妻、夫、いずれの姓を名乗るにしても、夫婦双方で喧々諤々のやりとりが成されるに違いなく、子供はどちらの姓となっても違和感を覚えることになる。個人の自立の尊重としてならそれもありだろうけれど、未成年者にそこまで求めるのは酷というもの。

「子供は居ないから問題ない」として別姓を選んだ場合でも、その後子供が生まれたらどうなるのか。見方を変えれば別姓となった場合、子供を育みにくくなるというハードルになりはしないか。

自らが不利益を被っているからどうにかしてほしい。その主張は良くわかる。しかしそれだけを持って現状の法を変えるように強く望む場合、その改正でどのような不利益が他者に生じるのかを十分に考えねばならない。特定少数の便益のために特例法を設ける、特別な例外を認めるのは、法の秩序を根底から覆すことになりかねない。

今件は特に「言ってることは理解できるけれど、自分の我を世間全体に押し通すことの意味を精査しているのかな」という感を強く覚えているのは自分だけだろうか。

......まぁこの辺りの話もまた、以前から色々と論議されている話ではあるのだけれど。【「夫婦異名字OK」で子供が二人いた場合、それぞれ別の名字をつけても良い? ダメ?!】【「夫婦で名字が異なる場合、その子供にマイナスの影響がある」2/3が懸念】参考の事。

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このページは、不破雷蔵が2015年2月22日 07:29に書いた記事です。

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