「無知ほど怖いものはない」とウソと自認していないウソの話

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対象特定人物の話に限ったものではなく、分析した結果による行動リストは非常に興味深い。その複数要件に関して重なる部分を持つ人から、「ご意見」を受けた経験を持つ人は多いかもしれない。いわゆる悪質な、催眠術にかかってるかとも表現できそうな新興宗教の信者と誤認してしまうようなもの。そして誤解釈や無知を武器とし、その無知は「市民」であれば当然だという自己流方程式を振りかざす。誰もが最初の状態では誰もが無知なのだからそれははじるべきでは無く、また非難する対象でもないのだけれど、それを振りかざして第三者に対し優位を得ようとする材料に使っちゃいけない。学校で生徒が「俺はこの方程式が分からないから教えろ」とドヤ顔で先生に迫ってきたら、どのような反応を先生が、他の生徒が見せるかは一目瞭然。


昔流行った「平気でうそをつく人たち」、最近では例のSTAP細胞の主軸人物である某女史がこのタイプになる感はある。事実が自分の想い通りにならない場合、事実から得られる記憶そのものを書き換えて、自分の都合の良いように自分の中の事実を再構築してしまう。そしてそのための行為を「当然のこと」と見なし、悪意を持たない。だから当事者は常に事実を語っていると認識しているので、うそぶいた姿勢は見せず、引け目も覚えない。むしろ「なんで本当の事を話しているのに怒られなきゃいけないの」と不思議に思い、逆切れすらする。

たまたま上手くことが済めばそれでも良いのだろうし、人はあまり強い生き物では無いから多かれ少なかれ自身の記憶の改ざんをするのだけれど、度が過ぎると他人に大きな迷惑をかけたり、実社会の生活において弊害を生じてしまう。まさに他人から見れば「お前が思うのならそうなんだろう、お前の中ではな」状態。

無知の正当化と他人への攻撃への利用、そして事実を自分の都合の良い虚実で上書きしてウソをつき続ける。このパターンで「騒がしい人」を見直すと、その行動に関して理解できる部分が増えるかもしれない。

もちろん行動を理解しても、内容まで理解納得する必要は無いし、大よそ納得できるものではないのだけれど。

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このページは、不破雷蔵が2015年2月 9日 08:11に書いた記事です。

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