風刺画や言論は銃弾と同じ効力は持たない、けどそれ以上の威力を発揮する怖さも持っている

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阪神支局事件を彷彿(ほうふつ)させる襲撃を憎む。仏新聞社の風刺画にどれほど毒が含まれようが銃弾のように人は殺さぬ。

新聞の業界団体による調査結果でも、他のコーナーと比べて一段と読まれる割合が低い社説的な朝日新聞の「素粒子」。素粒子程の小さな、でも確実に存在する、そして大きな流れを構成する意見という意味合いなんだろうけれど、今やはたから見ると素粒子程の小さな考えで書きなぐった戯言としか解釈できないのが残念な状況にある。

件のフランスでの宗教と風刺画を絡めた事件で、色々と斜め上的な話が出てきて頭が痛い昨今ではあるのだけれど、それに絡んだ話が先日出ていたという話。二つの吉田問題をはじめ、言葉や絵でご飯を食べている人たちの言とは思えない内容。言葉の、言論の、表現の怖さ、「力」が諸刃の剣であることを認識していないかのような語りなんたよね。

確かに、風刺画は銃弾のように飛びはしない。でもメディアを使ってそれ以上の距離を行きかうことはできる。そしてその影響で、それ以上の威力を発揮することはある(実際、フランスの事案でも、今件をきっかけに多数の事件が発生し、死者も出ている)。「のように」ではなく「以上に」ですらありうる。まるで何かトラブルが生じても「銃弾のような物理的存在では無いから、別にいいじゃないか、何を語っても」とすら言いたげな雰囲気。文化構築を自称し、文化を守るために自分達は欠かせない存在だとする人たちが、同時にそんな軽々しい思いで文筆をしてもいいのだろうか。

もし「良しとする」のなら、「それこそが朝日新聞なのだな」と思わざるを得ないのだけれど。

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このページは、不破雷蔵が2015年1月19日 06:51に書いた記事です。

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