話のやり取りの中で虚実が現実とすり替えられる、ソーシャルメディアではそれが促進されるという話

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人が経験した実体験はその時間においてのみリアルなもので、その一瞬後からは映像などの第三者的メディアに保全されたものを再生するか、あるいは本人の記憶に留められることで「現実」として刻まれる。要は現実が記憶によって時間を超えたものとして保存されるわけだけど、その現実に関する記憶が他人とのやりとりの中で創作されるという事例がある。今件では妄想なり願望を共有する人たちの間で言葉が交わされることで、その内容が強化補完され、いつのまにか現実の記憶として刷り込まれるという事例。

子供のころに親から何度となく聞かされていた例え話を現実のものとして認識したまま成人化したり、あまりにも衝撃的な映画を見たため、それを本物のように認識してしまってトラウマになってしまうという話は、推理モノの作品のネタとしてだけではなく、現実として良くある話。あとは事件・事故現場での目撃証言が人によって色々と食い違うとかね。同じものを見ているはずなのに。

昨今では過去の事象の検証が容易になったので、大人になってからふと本当の現実に触れて、自分の記憶が実はフェイク的なものだった事に気が付く...なんてことがある。巧みに創作された記憶は現実と大差ない。「攻殻機動隊」の有名なエピソード、ごみ回収人の疑似記憶みたいなものだ。まぁ、洗脳もその類のものと見ることもできる。


ソーシャルメディアの類で、妄想的な話に集まる事案が多いのも、この「相乗効果的な記憶の創作」が多分に形成されやすいからなのかもしれない。そして自分の好みの、「こうあってほしい」という認識を持つ内容を取捨選択しやすいので、容易に同意してしまうのも一因。


話によると、「フォリ・ア・ドゥ」(感応精神病)という概念があり、それに近しい話なのだそうな。


現実と創作された記憶との間には違いが生じる。そして後者は都合の良いように都合の良い部分のみが改ざんされるので、どこかに矛盾が生じてくる。「嘘をつくとその嘘を隠し通すために、また嘘をつかねばならなくなる」というのが良い例。......ではあるのだけど、その証明って案外面倒くさいし、リソースを投入して証明したところで、証明した側に何らかのメリットがあるわけではない。

ソーシャルメディアそのものが登場、本格的に普及して機能し始めてから、まだ10年も経っていない。このような問題......というか副作用的な話は、これから本格的に検証されることになるんだろうな。

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このページは、不破雷蔵が2015年1月10日 08:23に書いた記事です。

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