【更新】「菅民大震災」から「菅民大人災」へ

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[「国壊れて菅があり...」と東京新聞投書欄]



国壊菅氏在 津波襲沿岸 呑家壊原発 残存瓦礫山

宰相好会議 自己避決断 政府船頭多 混乱船上山

(国壊れて菅があり、津波が沿岸を襲い、家を呑み原発を破壊し、残るはただ瓦礫の山である。宰相は会議を好み、自らは決断を避け、政府は船頭多くして、混乱し船山に上っている)


以前【「国壊れて菅があり」】で「今般の地震とその被害は、東日本大地震と菅民大震災とに区分すべきだ」などと述べた。でもよく考えてみれば、地震に直結する震災もあり、少々分け方が曖昧かな、という感もあった。

んで、本日を読むに至り、「東日本大震災・菅民大人災」と呼ぶべきじゃないかな、いや呼ばねばならない、地震による天災と、人災は明確に区分して責任をとってもらうべきだと思うようになった。......という覚え書き。

覚え書きとしてもう一つ。東電が震災直後、廃炉を拒んだ理由。電力出力の問題やコストもあるんだろうけど、あまりにも頑な過ぎる雰囲気。で、震災が「起きる直前まで」の状況を思い返すと、二酸化炭素削減問題絡みで、原発の強力な推進を「政治指導」されていたんだよね。耐久年度を過ぎても10年間延長させたってのはコストの上も原因なんだけど、二酸化炭素周りの話が強くプレッシャーとしてのしかかっていたはず(そのあたりは探せばすぐに出てくるだろうネ)。

「ここで廃炉を決めたら『政治主導』による『指導』を受けてしまう」。そんなプレッシャーがあった気がする。猛烈に。それはまるで、旧世紀の社会主義圏における極端な官僚主義体制下での「責任回避」のための人々の行動心理のような。

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このページは、不破雷蔵が2011年5月17日 13:09に書いた記事です。

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