自分の正当化による重圧の回避

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例の池袋での事故の話。直接云々ということはしないけど、心理学上の合理化ではないかとの指摘があったので覚え書きとして。可能性の一つではあるけど、確かにこれならば説明ができる。事実を事実として認めると自分の責の重さで壊れてしまいかねないので自己防衛機能が働き、自分に責はない、だから壊れる必要はないと自分自身をだます作用。これが酷いものになると、自分を常に正当化するという虚言癖になってしまいかねないのだけど。


たまたまではあるけど似たような話として、作品を違法に取得したことをわざわざ作者に語る人が存在するのは、単純に違法行為であることを知らないのは別にして、違法行為を認めると自分が悪いという結論に至るので、それを避けるための免罪符として報告しているのではとの話。

もっとも違法品の作者へのアピールって、実反応を見た限りでは、「自分の違法取得を悪業とは思っておらず、単純に買ったのと同様の感覚で感想を述べている」感が強いのだよね。悪い事を悪いと認識していない。その方が怖いのだけど。当方もその類の存在には何度となく遭遇しているし、指摘すると逆切れして正当化する筋もあるからねえ。

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このページは、不破雷蔵が2020年10月 9日 08:02に書いた記事です。

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