楽をするのは悪くない、むしろ良いことだ

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以前も似たような話をした記憶もあるのだけど。日本では特に「楽をするのは悪である」という認識が強い気がする。エクセルのマクロ話が好例だけどね(あれはネタ話として語られているけど、同時に十分にありうるリアリティの高い話だからこそ広まっているのだと思う)。

世の中の技術の発展や創意工夫は多分に「楽をしたい」という欲求から生じた結果に過ぎない。歩くのは疲れるから自転車や車、飛行機、船を作ろう、気合で病気を治すのは大変だし無理なことも多々あるので病気の根源を研究し、対処法や治療法を生み出そう、火を起こしたり火事場から持ってくるのは大変だから火を創り出す仕組みを作ろう、水を水源からわざわざ運んでくるのは苦労するので水道網を整備しよう。現代技術のほとんどすべてが「楽をしたい」という欲求の成果である。

楽をして悪いと判断されるのは、本来はその楽が倫理的、あるいは法的に問題があるような場合。要は悪しき手段を用いて楽をした場合。例えば試験勉強をしなくても先生を買収して試験問題を事前にゲットして高得点を取るとか、他社の商品を違法コピーして自社商品として販売するとか。

努力は確かに大切ではあるし、その努力をしてきた過程、歴史を忘れてはいけないのは事実だけど、だからといって努力をしなくても、あるいは軽減できても目標を達成できたことに対し、悪と認識するのは間違っている...というより理不尽である。あるいは努力をしてきた人たちが「自分が苦労をしたのにそれをせずに楽に到達できるなんてズルい」という考えから悪判定しているのだろうか。

だとすれば「楽をすることは悪」の根源は、ひがみとかねたみが多分に影響しているのかもしれない。

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このページは、不破雷蔵が2020年8月20日 07:26に書いた記事です。

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