常識を疑うのにはまず常識を知ってから

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「常識を疑え」というフレーズを盾に、常識知らずなことを正当化する人ってのは必ず存在する。なんというか「常識を疑え」を無敵のキーワード的なものとして認識し、破天荒な、常識から外れるようなことでも自由にやっていいし責任は一切取られないんだ、的な捉え方をしている感はある。

けれど「常識を疑え」ってのは自分で常識を取得した上で、それが正しいものかどうかを再検証しなさいという意味で、再検証する対象もないうちに疑ってみても何の意味もない。それこそ指摘されている通り、(勉強をするのがイヤだから)勉強をしていないのに、勉強するという常識を疑えってのは、単なる自分の怠惰を正当化させているのに過ぎない...ってなんか最近この類の話を聞いたことがあるな。


似たような、というか意味としてはまったく同じ話は以前も何度かしている。型破りをするのにはまず型を取得しなければならない。それができないうちに型破りをしても、それは単なる形無しでしかないのだよね。

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このページは、不破雷蔵が2019年6月29日 07:15に書いた記事です。

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