例の事故の記者会見で「報道とは何ぞや」と考える

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法的にも何の問題も無い、むしろ推奨事例としてあげられるような状況にありながら、暴走車両によって生じてしまった事故被害。それに関して被害者側が記者会見で責められるような状況をテレビで伝えられる。このような事案に複数の筋、中には著名な方からも合わせ、今回の事故で被害者側への記者会見ってのは、報道側は視聴者が求めているモノを提供しているだけだから何の責も無いと正当化する意見がある。

正直、それは詭弁でしか無いってのが当方の考え。もしその考えが許されるものならば、展示ケースをたたき割って商品を奪い取り、ばらまくことも正当化されてしまいます。ねずみ小僧(江戸時代の方ね)の所業は合法だ、何の問題も無い、という感じ。

自動車メーカーが安く自動車を提供するために、違法な装置の取り付けをしたり、原材料を盗むことが正当化されるだろうか。安い野菜や果物を売るために、他人の畑から盗むことが許されるだろうか。

「自分達は視聴者の望むモノを提供するために行動しているだけだ」という、自らの行為の正当化のための詭弁でしか無い。自分達の行動の責任を、視聴者に押し付けているだけ。「野菜を安く売るために仕方なく他人の畑から盗みました」と主張しているのと同じ。


このへんの話、既視感があると思ったら、以前にも何度かした記憶がある。たとえばこれ。結局「私達記者は正義、がんばる」と軸のところは同じで、報道界隈の暴走行為って多分に、自分達の所業はすべて視聴者、国民が求めているものだからという設定を自ら作り上げ、その上でオールマイティカードを振り回しているってこと。問題視されても自分達は悪くない、視聴者が、国民が求めているから仕方なく、と責任回避。


「報道の自由」という話も、ここまで濫用されたら本来の主旨とかが吹き飛んでしまうよなあ、詭弁の材料でしかなかったのではという感は強いのだよな。

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このページは、不破雷蔵が2019年5月 9日 07:48に書いた記事です。

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