書籍と人生と年輪と

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蔵書ってのは結構裕福な家だと子供の頃からのものがずっと残されている場合もあるし、自分の子供のものも保管してあることもあるので、まさに年輪のような形で人(や家族全体)の歴史が刻み込まれているようなことがある。指摘されているような、類似パターンを取ってしまうのも理解はできる。書籍は人の知識のよりどころなので、どのような情報を求めていたのかも分かるという次第。

ただそうなると、気になることが二つほど。まず一つは以前言及したように、家に本棚が無いって人が少なからずいるのだけど、そのような家では人生の年輪的なものも無いのだろうなあ、というもの。

そしてもう一つは昨今の情報革命的なインターネットの普及に伴い、書籍の購入ルートも電子書籍によるって場合が増えているし、そもそも書籍を買わずにネット経由で情報を取得することが多くなっているので、今件のような年輪も出来なくなるよな、という話。だからどうした、と言われればそれまでなんだけど、なんか色々と考えさせられるものがある。

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このページは、不破雷蔵が2019年3月22日 06:48に書いた記事です。

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