「可哀想だから結末や流れを変える」な童話や物語

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具体的な作品名を挙げると色々ともめるのは必至なので今回は挙げないでおくけど。そして最近になって急にというわけでも無く、すべての童話や物語が該当するわけでもないと但し書きをしておくけど。確かに自分が知っている童話や物語の中で、結末がある意味残酷だったものが、穏やかなものになっていたり変更されているってことはある。時代によって許される表現の違いとか、読み手の中心となる子供達への影響をおもんばかってとか、色々な理由があるのだろうし、それが需要として存在するのなら供給側は書き換えもありだと考えるのは当然の話で、それが罪悪だとはいわない。

けどよほど注意しないとその話において全体として語りたいこと、教訓としたいことが、ぼかされてしまう、別のベクトルを持ってしまうってことになる。例に挙げた「あらいぐまラスカル」は、大人になったラスカルが凶暴化して手が付けられなくなり、森に離してお別れってことで終わるのだけど、真似をしたらどうするとか可哀想だろうという声に合わせて、末永くスターリングと共に仲良く暮らしましたとしたらどうなるのだろう。伝えたい内容がおかしなことになってしまう。それでも売れるのなら、求められているのなら、創作としてはアリなんだろうけど、なんだかもやもやとするのは否めない。


今件で主人公の名前はスターリングなんだけど、最初思い違いでスターリンとしてしまい、ラスカルと戯れるスターリンとか、何だかよく分からない文面ができてしまい、そこからさらによく分からないレゴのネタができてしまう。なんか色々と間違っている気もするけど、だがそれがいい、のか。

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このページは、不破雷蔵が2018年11月 6日 07:04に書いた記事です。

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