断捨離は適切に、濫用はご法度

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一時期流行った断捨離。いまだにそれを掲げて多方面で騒がれる専門家もいてうんざりとするのだけど、要は指摘の通り、消耗品で行うことを前提とした話に限られるんだよね。すぐには使わないから、それは積極的に捨ててしまう。必要な時にすぐに調達してくればよい。自分の倉庫をお店に肩代わりさせるようなものだ、その分自宅をきれいに広々と使おう、的な。合理的ではあるけど、割高になるし、近くにすぐに調達できるお店があることが前提になるんだけどね。

で、この断捨離を言葉面から勝手に拡大解釈して、消耗品だけでなく趣味の方面にまで伸ばす人が居る。しかも自分自身のではなく、他人のものに断捨離をしてしまう。消耗品のように、すぐに新しく調達できるのならともかく(他人のは困るけど)、そうでないものは断捨離の概念から外れることになる。自分の人生を切り捨てたのと同じだから。


話題に上る断捨離では、少なからずの割合が、他人のもの、しかも消耗品ではなく代替の効かない趣味のものを断捨離してしまって問題になる。これってよく考えると、捨ててしまう側にとっては、それらの品々もまた、消耗品のように取るに足らない、すぐに買い替えることができるものという認識でしかないのだろう。それは結局のところ、品物への目利きができないのと共に、持ち主側の心境を推し量れない、他人の気持ちが分からないってことなんだろうな。だからこそ、消耗品と同じように扱ってしまうのだろうな。

そういう人の気持ちこそ、断捨離すべきではないだろうか。

            

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このページは、不破雷蔵が2018年1月 9日 07:12に書いた記事です。

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