「技を盗む」と「パクツイ」と

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コンテンツを盗用する行動の中でも、ツイッター上で成す場合を「パクツイ」と呼んでいる。パクりツイートの略で、引用の概念からも外れ、ツイッター上の規約にも従わず、盗用そのものを意味するもの。

で、その概念って分かる人にはすぐに脳内に浮かぶのだけど、それが難しい人も多い。道端に落ちている石ころを拾って自分のものとするような感覚なのだろう。いや、それでは元々の石がそこから無くなってしまうのだから、ちょっと違うか。図書館の本を持ち帰って古本屋に売るみたいなものかな。

その概念を絵でさくっと表現したのが今件の指摘ツイート。うーん、やっぱり絵が描ける人ってのは正直うらやましい。自分の脳内でイメージされるビジュアルが、第三者に容易に伝えられるってのは、それだけで一つの才能だよね。

パクツイってのは道端の石とか図書館の本と違い、作られたマスターのコンテンツそのモノを失わせることなく、パクった他人が「自分のものだ」と表明できるのが特徴。コンテンツがコピーできる仕様であるのを悪用したという感じかな。人気が出ているか否かってのは容易に計測できるから、そこから美味しいところ取りをして「自分のものだ」をすれば、あっという間に人気者になれる......という発想ぐらいでしかないのだろう。

例えば画像投稿のポータルサイトで、アクセス度ランキングがあり、その上位陣=人気がある、多数の人に評価されているというものを片っ端からコピーして、それを自分の作品だとアピールすれば、その作品に対する人気を元に注目は集められる。でもすぐに「それは別の人の作品だ」としてツッコミが入る。YouTubeにしても同じようなもの。そのやり方をツイッター上で行っているだけに過ぎない。

上の図版の「人の良い所を盗む」が本来あるべき姿なのだけど、それは非常に面倒くさい。ならば簡単に、手間もかからずにできる「パクツイ」をした方が楽でいいや、というのがパクツイを成す側の根本的な理由なのだろう。

以前言及した記憶もあるのだけど、意図的なパクツイを繰り返して成す人はその多分が、自分は悪いことをしているとは思っていない。むしろ当たり前の権利だ、誰もがやっている、ネット上のコンテンツは道端に落ちているようなものだから拾って自分のものだと宣言してどこが悪い云々。下手をするとそのような考えすらなく、半ば無意識にやっている人もいる。

先日伝えたツイッターの規約改正で、この辺りがどこまで改善されるのか、ちょいと見てみたいところではあるのだけど......一方で日本法人の運営が今二つ三つなので、英語による本社への直接アプローチも考えた方がいいのかなあ、という気もする。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年9月 5日 07:16に書いた記事です。

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