自分の仕事に胸を張り、基準値を設ける。自分は廉価品になりたいか、一品ものになりたいか

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「けものフレンズ」の第二期が決定したことで、コスト問題にスポットライトが当たるようになった。全部が全部ってわけではないし、リソースを投入すれば必ず良いものができるとも限らないのだけど(変な使われ方をされていないか否かも合わせ)、指摘されている通りの斜め上な考え方をする人はどの界隈にも必ずいるし、そういう話を正論として振り回してドヤ顔を決める、それなりに権限を持つ人も少なくない。コストを減らして同じような成果を出せれば、現場が疲弊しても、継続性が失われても、信頼が損なわれても、低コストで同成果を挙げたという戦果をゲットできるから。

ただしこのような考えが振り回されると、実際に作業をする側はたまったものではない。油を搾る菜種と勘違いされては困る。まぁ、デフレ時代の労働市場も似たようなものなんだけど。

受ける側も安めの単価で妥協すると、そのようなレッテルを貼られてしまう。これは以前「今回は予算が無いから」「次からは反映させます」「顔つなぎと思って。次以降はちゃんとした対価で」的な話でただとか廉価で仕事を発注してくるような場所は、得てしてその言葉が履行されないってのとも連動する。


指摘の通り、単価ってのは一度下げてしまうと上げるのは非常に難しい。給与の場合は逆で、上げるのは簡単だけど下げるのは難しいのだけどね。どうしてもコストを考えると、そうなってしまうのは理解はできるのだけど、支払いを受ける側としてはたまったものでは無い。

実のところ周囲が単価を下げているのに下げなかったり、逆に実績や経験に応じて単価アップをする・要求すると、仕事そのものを干されたり、発注してくる量が減らされたりする。より低コストな受注側にシフトしたり、予算のソロバン勘定をしているのだろう。苦しい時期を迎えることになるかもしれない。

ただ、フリーの人は特に、そうでない人も機会もあると思うのだけど、対価の額面ってのは結局自分の仕事の評価そのものなんだよね。これだけの値打ちがあるっていうアピールにも成る。だから自分の仕事に自信が無い、これぐらいの価値しかないと自認したのなら単価は下げても良いのだけど、そのような認識が無いのなら、周囲がどうであろうと下げる必要は無い。むしろ上げても良い。ブランド商品によくある、価格そのものも商品価値の一つって感じかな。

量産廉価品でいつでも他に取って代わられるものになりたいのか、あなたで無いとダメだなと言われるものになりたいのか。色々と考えさせられる話には違いない。

            

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2017年8月 3日 07:51に書いた記事です。

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