便利な道具は差を広げる原因となりうる

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最近はGoogle翻訳の精度が上がって、以前のように翻訳された内容と原文を交互に見ながら、別の辞書サービスを駆使して日本語を補完したり、正しい解釈を見出す必要が無くなった。ざっくりとURLで指定してページ単位で一気に翻訳させても、大体意味が通るような文章ができあがる。無論、細かい部分は原文の精査が欠かせないけど。

逆もまた然りで、日本語を英語化する時に、元々の日本語がアレだとまともな英語にならない......というか、英語になりやすい日本語を創る必要がある。つまり、英語の構造や単語をある程度知っておかないと、それらしい英語を吐き出す日本語が作れない。ルンバを働かせるために、掃除をしておかないといけないという感じ。

結果として、英語の能力をある程度有していないと、Google翻訳を使いこなすことは難しいという形になる。ただし、使いこなすレベルにまで達していると、そこからさらに上への高みが容易に望めるようになる。

今の技術は多分に、ゼロの人を楽にさせるものではなく、1の人を2や3にまで引き上げるものだったりする。まぁ、パソコンにしてもスマホにしても、使い方を知らない、概念的な把握ができない人は使いこなせないし、単なるテレビレベルの認識しかしないのだろうけど。まさに検索エンジンの使い方と同じかな。


技術やツールはあればそれに越したことはないけど、それを使いこなすのは結局人間自身。その人間が使いこなすだけの知識、能力、ノウハウを有していないと、結局何の役にも立たない。江戸時代の人に自動車を見せても、運転して使いこなせるかっていうと無理なのと同じだな。

これは勉強全般に言えることで、特定の問題の答えだけを知っていても、その方面の知識、学問を身に着けた事にはならない。なぜその答えに至ったのか、試行錯誤が必要ならばその過程を経験し、結果としてそこに至ったという包括的な知識が必要となる。

いや、勉強だけに限った話ではないな。道具が便利になると、多機能化すると、その道具を使える人はどんどんと領域が広がっていくけど、使えない人は置いてかれてしまう。格差社会というとあまりにもダサい言い回しになるけど、まさにそんな感じがする。ネットを使える人と使えない人の間で、情報収集能力、取得情報量の違いがけた違いになる、そんな感じではある。

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このページは、不破雷蔵が2017年7月23日 07:45に書いた記事です。

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