報道はもちろん商売でも、何をやっても許されるわけではない

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これは当方も何度となく言われてきた話なので、ダイナミックに首を縦に振りまくってそばの水切りレベルの勢いになってしまう感じ。報道界隈の傍若無人ぶりへのツッコミの一つとして「報道ならば何をしても許されるのか」とした時に、「まったくの慈善事業では無く、お金を得るため、視聴者・読者を確保するためには仕方がない」との反論がある。また「視聴者・読者が求めているのだからいいじゃん」的な意見もある。

後者については「視聴者・読者が求めているのは該当事案『のみ』ではない。多様な需要のうち、どれを選んで対応したかは報道側の選択によるもの。だから責を視聴者・読者にかぶせるのはおかしい」ってことなのだけど、前者の「商売だから」には指摘のツッコミが一番なのだろう。

商売ならば何をしても良いのか、と。

良いはずも無く。

加え。「商売だから仕方がない」との反論が報道界隈自身からあるのなら、「ならば『報道だから』で許されているさまざまな特権は放棄しなければなりませんよね」もプラスしなければならない。報道とは不特定多数に素早く、そして正しい情報を公知し、虚偽に惑わされずに社会を安定せしめるのに貢献するのが社会的責務であり、それが重要であるからこそ、倫理的にも法的にもさまざまな保護を受けている。商売との範ちゅうではそれらの特権、保護は適応されない。自分達の都合の良いように報道と商売の仮面をつけかえているのは、あまりにも調子のよい話でしかないのだね。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年5月19日 07:40に書いた記事です。

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