感謝の意は念じるだけでは伝わらない

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ソーシャルメディアの普及浸透でコミュニケーションのハードルが随分と下がり、相手がしっかりと目を通すか否かは別として、容易に自分の意思を対象となる人に伝えることが可能になった。その声は相手に咀嚼されていないかもしれないし、目すら通されていないかもしれないけど、確実に届いてはいる(ポストに投函されるダイレクトメールのようなものだな)。

で、厳しい意見や要求、願望などがそのモチベーションなどから投げられやすいため、殺伐としがちなのも事実ではあるのだけど。同時に良かった探しをしてもいいんじゃないかな、いやすべきなんじゃないという指摘。これは確かにその通り。

ネガティブな感情と比べてポジティブなものは、具体的に形を創り、発信する機会は得にくい。ネガティブなものは自分にとってマイナスとなり、それは生命の危機に関わる可能性もでてくるので、その分、本能が底上げしてくるから。選択肢が用意されて良かったか悪かったかを選ぶぐらいならある程度は良し悪しの内情が分かってくるけど、自分の言葉として意見を出すとなると、ポジティブなものは出にくくなってしまう。読書感想文の難しさを知っている人は多いはずだ。

でも、そのままネガティブな声ばかりを投げていると、相手は参ってしまう。逆の立場になって考えれば、それはすぐに分かるはず。低いハードルをうまく活用し、ポジティブな意見ももりもり投げると良い。直接の対価は無いだろうけど、まわりまわって確実に、自分にとってプラスとなるように世の中は動いていく。


先日言及した「ありがとうございました」の声もその一例。まぁ、中には煙たがられたりうざったがられたり変な目で見られることがあるかもしれないけど、少なくとも悪い事をしたわけではないのだから、堂々と胸を張っていればよい。恥ずかしいかもしれないけど、やはり悪い事をしたわけではないのだから、気にしなければ良い。気恥ずかしさは慣れてくればどこかに吹き飛んでしまうから。

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このページは、不破雷蔵が2016年12月19日 07:28に書いた記事です。

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