文字には表れない、明確には示されない印象操作

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先日の「たらい回し」は慣用句的な表現で、しかも「読み手によって解釈が違うから」との言い訳もできるタイプの、記者・報道媒体側の印象操作的なものがあるのだけど、改めて振り返ってみると、この類のって結構あるんだなあ、という感が。早速「なし崩し」といった表現を見つけ、ああ、この記者は指し示している事案を否定的に読者に認識させたいのだな、と。

この類の印象付けのための、事実とは関係が無い、書き手による表現って、一歩引いて読み直すと、結構高い頻度で新聞にて見受けることができる。特に科学や政治、経済方面で。

以前指摘した記憶もあるけれど、日銀関連の記事を掲載するときに、総裁の写真をイメージカットとして使うときに、必ず背景が真っ暗なものとか、子供向けの戦隊ものに登場する悪の総帥的なシーンとか、とにかくネガティブな印象を強く得てしまうものばかりを選び、今の日銀を間接的に批判している、悪いように見せかけるとの手法を撮り続けている金融アナリストがいる。また、某若年層による反社会的集団の集会写真を新聞に掲載する際に、アングルを巧みに利用し、1ダース程度しかいない実態を、多数に見せる技を使った新聞記者もいた。それぞれ事実には違いないけれど、繰り返されることで、悪質な印象操作をしていると指摘されても否定はできない。


これは分かりやすくした一例だけど、こんな感じで繰り返し報じられれば、ゴジラによる被害よりも、自衛隊によって生じた損害の方を、多くの人が印象づけられてしまう。具体的抽出は現時点では避けるけれど、国会中継を伝える報道番組でも、巧みに切り貼りをして、映像シーンで実際に語っているのとは正反対の印象を視聴者が得てしまうような、「巧みな」編集が繰り返されている。一次資料、国会中継ならば全動画とか議事録を参照しないと、大意がつかみ取れなくなっている、報道が報道の役割を果たさなくなっている感は強い。

ちょいと後でも触れるけど、社会的公器の役割を担う方面が、その責務を果たしていないことが、日本の閉そく感の多分の要因ではないのかなあ、という気はする。印象操作をする暇があったら、まずは事実を正しく咀嚼して、それを伝えることに注力してほしいものだ。

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このページは、不破雷蔵が2016年10月 6日 07:10に書いた記事です。

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