議員削減、予算を切り詰めろとの緊縮財政の声の内情をよく考えてみる

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先日の参議院議員選挙に絡み、平等と公平について考えてみたりもしたけれど。合同選挙区の県も合わせ、総議員数を減らすことで色々と弊害が生じていることに違いは無い。1票の平等を追求する際に、総数の維持、減退ではなく、増加にしないのは何でだろうということになると、結局「議員数が多いとお金の無駄だ」ということになるようだ。議員数削減云々ってのは突き詰めるとそれになる。

他にも官公庁の予算に関して節約しろ、緊縮財政を推し進めろとの声には、正当性があるかのような世論形成がなされていく。何の役にも立たない慰安旅行に使われていたとか、バックマージンを受けて私腹をこやすためってのなら話は別だけど、そもそも節約すべきとされる「無駄遣い」って、どのような基準があるのだろうか。

声を挙げる人にとって理解ができない、自分の得になりそうにないものが、すべて無駄となるのなら、そもそも個人や民間ベースでは手掛けにくい、そして国全体や社会の維持に欠かせない方面へのリソース投入という国そのものの存在意義がどこかへ飛んでしまっている。

各種調査結果を確認したり個々の人の声高なご意見に連なる話を見聞きするに、多分に国の予算に関する削減を求める声、今件ならば議員削減とか予算の節約ってのは、単に無駄遣いをするなの意味だけでなく、その先にある「削減して得た余力を少しでも俺様に配分されるようにしろ」が意味として含まれている感はある。

要は全体としてのリソースの再配分の際の、自分の分け前を増やすための正当化として、議員削減や緊縮財政などが掲げられている。実際、社会福祉方面での「活動家」の方々のご意見を見渡すに、多分にそれ以外の方面へは無駄遣いだから削減しろとか、それの予算をこちらに寄越せ的な主張が繰り返し成されている。

無駄遣いをなくすことと節約すること。似ているようだけど、実は違う。また、個々人の、あるいは家計単位でのやりくりと、国や行政レベルでのやりくりはまったく別。それを同じように見てしまい、さらに「余りを創ってそのおこぼれを自分の手元に」という思惑が働くと、結局色々なものがダメになってしまう。オリンピックの予算周り、例えばボランティア問題が良い例かな。まさに安物買いの銭失いになりかねないんだけどねえ......。

平等と公平の問題は、今件のお金周りや合同選挙区の問題と合わせ、もう少ししっかりとまとめた方がいいのかもしれないな。

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このページは、不破雷蔵が2016年7月15日 07:23に書いた記事です。

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