経済は国の、国民のためにあり、経済の失敗で人は命を落とす

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経済が不安定化し景況感が悪化すると、それだけ世情全体も不穏化する。お金で買えないものはあるけれど、逆にいえばほとんどのものはお金で買える。お金は色々な物事、さらには時間の数字による体現化されたもので、指標化されたリソースであり、ファンタジーの世界のマナ、SFならばナノマテリアル的なもの。それがたくさん世の中に循環し、人々の手に渡るということは、それだけ色々なことをする余力が生じることでもある。お腹がすいていたら考えもまとまらないしろくに体も動かせないけれど、お腹が一杯ならば本来の力を出す事が出来る、的な。食いすぎると逆に動けない? 食べ物と異なり、お金は貯めておけるのだよ。

お財布勘定をする人が、そのお金で影響を生じる......というか元々本末転倒で、国の経済の安定的成長と国民の生活の確保維持のためにお財布勘定をしている部局が、それに関する責を負わないのであれば、その権限を乱用するのは目に見えている。「歯止めなき力は正邪の別なく暴走する」と「組織は生命体の如く自らの維持のための活動を最優先する」が連動するわけだ。経済政策次第でより多くの人が命を落としても、それを防ぐことが義務化されておらず優先順位としては低い位置づけになるので、むしろそれ位は自らの核心的利益(組織の維持、「財政健全化」)のためには仕方がないと判断してしまいかねない。

「貴方達の存在意義は国民の生活の安定化・健全化と、経済成長を目指せる財政運営を行うことにある」。当たり前の話ではあるのだけど、文言化されていないからという理由で、勝って解釈が成されてしまう。世の中には世間一般の常識が通用しない世界があることを、改めて認識させられる。

先日ちょいと言及したけれど、例えば消費税の引上げ周りに限っても、引上げ賛成的な話を「国債格付け」「海外の投資家の評価」などと、直接自分の意見や判断では無く、第三者がこうだから云々とする論評が目立つようになってきた。けれど書き手・論者の名前を検索すると、お察し事案がずらりと。前政権の関係者や近しかった人、財務省の関係者やOB・OGで今もその系統で活躍してる人、プライマリーバランス第一主義者、そして社会・共産経済の論者。そして一連の動きは、以前の延期話の際の関連界隈の挙動と重なって見えてくる。国債の格付け云々、為替の大変動、ハイパーインフレ言ってたけど、どうなったっけ。オオカミなどいない。

経済はお金の流れであり、お金の流れは血流と例えることができる。血の巡りが悪くなれば、体調が良くない人は体をおかしくするし、最悪部位が壊死し、死に至るかもしれない。経済が悪化すれば弱い立場にある人から命のリスクを体現化してしまう。経済政策のミスは、不況は、人の死に直結する。

この辺りはちょいと例を想像できれば容易に分かるはず。景気が悪くて首を切られた、会社が倒産した。首を吊る人もいるかもしれないし、お金周りが悪い事から健康状態が悪化する人も出てくるだろう。健康維持のためのあれこれを節約するかもしれない。多様な方面で、お金が足りないってことは、命への投資が減らされることになる。当然リスクは増えてくる。さらには精神的な余裕も無くなるし、ね。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年5月23日 07:24に書いた記事です。

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