奇妙に見える批評は無理をして付き合う必要はない

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掲示板にしてもブログにしてもソーシャルメディアにしても、電話や手紙、口頭によるコミュニケーション同様に、人とのやりとりのプロセス、ツールの一つに過ぎない。様式や方向性に違いがあるだけ。ツイッターの場合は可視化がされやすい、意見発信がし易い、意見が容易に増幅されやすいなどの特徴から、イレギュラー的な声が聞こえやすくなる。壁がベニヤ板で入口のドアが解放されている集合住宅みたいな感じ。あるいは学校の集会などで体育館に集まった状態。

この点をしっかりと理解しておけば、たとえ掲示板やらブログやらソーシャルメディアやらでも、突然乱入して殴りかかってくるような人がいれば、無視したり声が聴こえないようにする手立てを取るのは当たり前だというのが分かる。例えばツイッターなら発言を読めないようにするとか、ブロックするとか。

ただし今件でちょっとばかり違う、注意しなければならないのは、公開のされ方の実態。「現実の場合」で描写された絵画展みたいな場所は、ブログやウェブサイトならそのままその通りではある。来たい人が来れば良い的な感じ。だけど、ソーシャルメディア、特にツイッターの場合はこれよりも公知度の高い場所に置かれているものと見る必要がある。駅の掲示板とかが良い例かな。

ソーシャルメディアでの書き込みに関しては「玄関にその内容を貼り紙として貼り付けて、問題が無いようならOK」という言い回しがある。以前紹介した記憶もあるけれど。関わる義務が無い事に変わりはないのだけど、インターネット上に掲載した以上、不特定多数に見られることが前提となっているのだから、奇妙な人に遭遇するリスクが多かれ少なかれ発生する、ソーシャルメディアの場合は特にその可能性が高まることは、忘れちゃいけない。それですら望まないのなら、やはり公開はしないか、クローズドなウェブサービス上に掲載するのが一番かな。

LINEのようなチャットシステムで知り合いの間だけにってのが良いのだろうけど、最近ではLINEのキャプチャで外に露出される事例も増えているので......難しい話ではある。

特にツイッターの場合は容易に公式リツイートされるので、セルフサーチをすると、時々自分へのネガティブな意見が繰り返し語られているような感覚に陥るよね。「無理して関わる義務はないかも」と分かっていても、多人数に囲まれて次々と子供用のプラバットでぽかすかと叩かれているようで、精神的に随分と辛かったりする。この辺りは割り切りと慣れしかないのかな。参考になるものならどんどんとりいれて自分の糧にすれば良いのだけど。

            

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2016年5月 1日 07:41に書いた記事です。

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