自撮りの解析が国際情勢の把握に役立つ時代......なのか?

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スマートフォンなどのお手軽な情報端末を用いて自分自身やその周辺状況を撮影、録画し、それをネット上、特にソーシャルメディア上にアップし、その様相をアピールする。自己顕示欲の充足、自分自身の存在の再確認、いわゆる「自分探し」的なものもあわせ、多種多様な解釈や分析がなされているけれど、ともあれ「自撮り」行為は急速に社会文化として浸透しつつある。ドライブレコーダーの録画映像の披露も、ある意味自撮り行為と性格的には一致するものだろう。

で、趣味的な範囲で行うのならば、周囲に迷惑をかけないようであれば、それこそ以前言及した「昔の人はその情景の良さを歌に詠み、今はスマホでパシャリとす」な感じで全然問題はないのだけど。場所や状況ではえらいことになりかねない。具体的には極秘事項の世界中への露呈、暴露。


どれほど規律を厳しくしても、人数が増えてくれば確率論的にイレギュラーは生じ得る。日常生活、社会の一般常識として自撮りが浸透してしまえば、特殊行動時、軍事活動時に厳禁、としてもどこまで守られるか。そういえば例のEUへの難民・移民問題でも、自撮りの写真を元に経歴が暴露されて色々と騒ぎになった事例が複数あるとの報告がなされているし......。自撮りは地獄への片道切符になりうる。


ツイッターに限らず、Facebookやインスタグラム、それ以外にも海外で主流の画像投稿が可能なソーシャルメディア全般にいえることではあるのだけど、やはり情報を隠す必要がある場面ではスマホ等の利用について何らかの規制を設けなければならないだろうし、捜査機関や情報精査を必要とする部門では、そのような情報を取得し取りまとめ、役立つ情報素材として活用するようなセクションの創設が必要なんだろうなあ、とは思う。「自撮りは全面禁止」と命じても、それが果たされることはまずないだろうから。

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このページは、不破雷蔵が2015年9月23日 08:30に書いた記事です。

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