理系周りの学問が軽視される傾向はどうにかならないのかな

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数年前の政局的な混乱状態ともいえる3年半の間が特に当てはまる状況と表現できるのだけど、数理的な事柄を軽視する傾向ってのはどうにかしたいな、という感はある。大よそ対抗する勢派的なものとして、文系...ではなく、感情論とか大衆心理とかが先行してしまう。

確かに数理方面でも役立たない、期待外れ、エセ科学的なものは少なくない。またそれを悪用している筋もある。ただ、それらのみを見て、その方向性にあるものすべてを軽視するのはどういうことなのかな、と。

思いっきり雑な例えだけど、羊かんを6対4ぐらいの体積比で切り分けても、兄側が「同じように見えるから等分分けしたので問題なし」と、6の方を自分で取ってしまうような感じ。俺がそう見えたんだから、そうに違いない。例えば量りで重さを図ったり、長さを物差しで測るようなことはしない。理数系の軽視って、いきつくところこんなものになるんだよね。

儲けが出にくい、成果が見えにくい、単独では目立った結果を出しにくい。昔の発明家のようなインパクトのあるものを出しにくい。企業に貢献しているか否か分かりにくい、手取りもさほど無い場合が多い。

百歩譲って個人ベースでそう思うのは自由だけれど、それを他人に強要する、さらには他人の行為をせせら笑うのは止めてほしいし、止めた方がいい。そして理数周りが役に立たないってのは大間違いで、理数系の知識、少なくとも概念的な思考が無いと、指摘の通りトンデモ系なものにコロっと騙されてしまうリスクが多分にある。江戸時代の人に、現在では周知の事実を語ると、神様扱いされるようなもの(タイムスリップ系の作品ではよくある話)。


まぁこれは先日、某地域のお偉い人が女性に数理的な知識は必要ない云々ってのも一部にあるんだけど、結局のところその知識が必要か否かってのは、当事者自身の人生が終わってみなければ分からないんだよね。仮に「そんなのをやる必要はない」と断じる人が居ても、それはあくまでもその語った人の人生経験においてでしかないく、語られた相手の話とは言い難い。まぁ、類似事案まで合わせて検証してくれた場合もあるんだろうけど(例えば今の時代に、他の何よりも乗馬の訓練や重火器の使い方、ランバダの踊り方を学べといわれたら、正気を疑われる。要は優先順位の話)。

特に女性だから云々といった、特定のカテゴリであることを理由に、何らかの知識は必要ないって断定するのは、ある意味差別的な見解にも成り得る。前世紀などの一般市民のお話なら、酒の上での戯言ぐらいで済んだのだろうけど、今は情報化社会の21世紀で、しかも公的に結構えらい人の発言。まぁ、迂闊というべきなのか、本性が出てしまったのか、それともそこまでの意識すらないのか。

ともあれ。傾向としては前世紀から生じているのだけど、特に先の3年半、あるいは震災以降に顕著化している、数理方面への軽視、感情論やら自分自身の印象が優先されてしまい、論理的な内容が軽んじられる傾向ってのは、どうにかしたいもんだよね。ちょっと前に問題視された、「少年犯罪の凶悪化、増加」ってのも、まさに数理を無視して印象やら感情が前面に出た事案。ホント、非合理的だから。

            

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このページは、不破雷蔵が2015年8月29日 08:10に書いた記事です。

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