「いいモノ」だけでは売れるとは限らないとの話をもう一度振り返ってみる

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アマゾンなどのベストセラーに時々顔を見せる、破天荒的なマーケティング手法でモノを販売するセールスと対になる形で伝えられることが多い、「良いものを創ってもそれが必ず売れるとは限らない」との話。良いものができてもそれを周知させることがかなわないならば、需要と供給のミスマッチが生じてしまうので、これは正しいお話。

良いものが口コミで伝われば、その品質が勝手に広報宣伝もしてくれることになるけれど、そんな旨い具合に世の中が転がっていくことは滅多にない。ただ、良いものを創っていれば、その運が向いてくることはある。サイコロは降らなければ六の目が出ないことは無い、的な。

で、この類の話で気を付けねばならないのは、「いいもの」「売れるもの」が単純に二分法的な形で語られていて、サクッと騙されてしまうという話。


「いいものを作っても売れない」と自覚した状況があり、すぐに「いいものを作れば売れるというのは幻想」→「なので良いテクニックがある」的なペテン・山師的な手法にとらわれてしまうってのは良くある。「いいもの」が本当にいいものなのか、その評価をしっかりとし直す。「売れる」とはどの程度のものなのか、そして「売れる」そのものの判断材料はどこにあるのか、つまり「実際に見聞きした人がその良し悪し、コスパを勘案して買っていない」のか「単に知らなかっただけて、知られれば飛ぶように売れる」のか。そこまで見極める必要がある。二分法は考え方としてはシンプルだけど、ちょっと踏み外すと、シンプルにし過ぎると、物事の本質を見誤る、変な人の戯言に騙される可能性が高い。

「いいもの」っても色々な意味があるからね。単純に役立つもの、コストパフォーマンス的にすぐれたもの、手に入りやすいもの、操作がしやすいもの、理解しやすいもの、面白いもの、短時間で遊べるもの。「いいもの」ってのは万能の言葉のように見えて、その実、何も語っていなかったりすることもある。語っている本人自身も惑わされているかもしれない。たくさんの人に手に取ってもらい購入してもらう、使ってもらうためには、多くの人の具体的需要に応える必要があり、さらに知ってもらわねばならない。独りよがりの「いいもの」は、実は多くの人にとっては「どうでもいいもの」かもしれないからね。

第一、「読者やユーザーは馬鹿だから洗脳すればいい」との概念で、変なテクニックを用いて商品やサービスを売った場合、それは多分に商品そのもの良し悪しとは関係の無いところで売れたものであり、次が続かない(単にリーチを増やし、商品の品質を評価する人がたくさん出てきたのならともかく)。

それでも売れればいいってのなら話は別だけど。その時点で当初の「いいものを作った」って前提がどこかに吹き飛んでしまっているんだよね。

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2015年7月28日 08:05に書いた記事です。

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