日本ヨイショと日本ディスり、どちらが良い悪いというわけではなくてと相対的状況の変化

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最近無用に日本を持ち上げる話が多くてキモチワルイ、との嘆きをよく見聞きする。ただその話って多分に見識者や報道関係者に多かったりするのが興味深い所。そしてその次に語られる言葉は得てして日本のマイナス点。結局その論旨のための枕詞だったのかな、とも思ったりする。

で。実統計を取って数量化して見ないと分からない......と思ったけれどそもそもこの類のって数量化が難しい。マイナス思考かプラス思考かは読み手の判断次第なところが多いから。ただ指摘の通り、元々分量的に戦後......というか高度経済成長期前後以降からは、日本はダメだ自分らはダメだとする論調が多い感はある。

ただしそこに「語り手は別のポジションにいて、上から目線で論評する」が加わるのがポイント。マイナス的な語りで注意感心を引いた上で、相対的に自らの立場を底上げする。良くある手口ではあるし、不特定多数に論評する報道などではうってつけの手法。


嘘偽りや煽りで無ければ、持ち上げるのも間違いを指摘するのも悪くは無い。生物の本質として良いモノよりも悪いモノの方が注目しやすい、なぜなら生死に係わりやすい悪いモノの方を注目しないと命にかかわるから。それも一因だろう。でも悪いものを積極的に取り上げて良いモノをあまり挙げてこなかったこれまでの報道姿勢が、ネットで情報の展開・共有が容易になって、良いものも悪いものも出てくるようになった。それだけなんじゃないかな、現状は。

だから「相対的に」以前と比べると、太鼓持ち的なものが多いように見えるだけ。その中から逐次嘘偽り、煽りについて問題を指摘していけばよい。

学食でこれまでほとんどラーメンしか出してこなかったのを、カレーもチャーハンも積極的に出すようになった。「カレーやチャーハンばかりで気持ち悪い。私はラーメンが食べたいんだ」と主張しても困るわけだ。

まぁ、これまでの切り口でビジネスがしにくくなった、見方を変えると手の内が暴露されたってのがあまりよろしくないので、「この風潮は良くない」と語る面もあるのだろうけど。

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このページは、不破雷蔵が2015年4月22日 06:56に書いた記事です。

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