「境界のないセカイ」問題から感じた、新たな権益・検定問題

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「境界のないセカイ」に関する連載終了周りは、「圧力を かけていないと 圧力を」という良くわからない主張が堂々となされているあたりも合わせ、色々と込み入っているし、以前の「お掃除ロボット」周りでかなり幻滅させられたので、現時点ではホールドとして。それに絡んで、以前からぼんやりと考えていたことの指摘があったので、それをまとめる形で。

先行記事でも触れている「報道、一部の記者や編集部が、自分達の裁量のみで司法権的な権限を事実上有し、未成年者への更なる断罪に相当する実名報道の有無を決めることは許されるのか。そのような問題が発生しないようにするのも、一律『やっちゃダメだろ』的な取り決めでは無いのか」的な話と同じで。配信側が少数に絞られたり、過度な権限を持つようになると、その力が暴走する、(不特定多数が守らねばならない法令とは別の)自らの論理・倫理を絶対真理として行動するようになるリスクが生じている。

結局法令が皆のルールとして通用するのは、それを破ると刑罰を受けるという決まりがあるから。だったらそれと同じ構図で、破ったら刑罰を受けるような仕組みがあれば、その分野では仕組みを持つ側が法的なものになるのでは。まぁ、どのようなシステムでもそれはあるのだけれど(例えばゲームだってそうだよね)、その権限が強くなり、不特定多数に影響を及ぼす状態は、いかがなものだろうか......という感はある。


これは検索エンジン周りでもすでに多分に起きているのだれど、ワールドワイド基準のインフラを使うことで、世界に窓が開かれうるのと共に、物差しも世界基準のものが使われる。対象は日本だけ、特定文化圏だけという前提のもとで作品を創っても、そのインフラは利用できない。んじゃその文化圏だけのインフラを使えばいいじゃん、ということになるけれど、それが無かったらどうしよう......という次第。

そしてさらに、そのインフラの正当性、物差しが正しいか否かに関しては、概してその企業の倫理観「のみ」で判断されてしまう。社会論理、通念に即した判断をしてくれるハズだ? 例えば先日のFacebookの広告周りの話一つをとっても、善意(に見える)の暴走が実の所悪意でしかないってことは多分にあるんだよね。

「境界のないセカイ」そのものの問題は関連方面の各種団体の挙動と共に色々と見ていく必要はあるのだろうけど、それと共にこの「独善ルール」、とりわけ電子出版周りに関してはちょいと考える必要があるのかもしれないな。

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2015年3月20日 07:46に書いた記事です。

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