パッケージソフトとダウンロードコンテンツソフト、ユーザーと制作側の思惑の違い

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パッケージソフト単体のセールスが伸び悩み、またネットワーク系ゲームが普及浸透しつつあることを受けて、双方の要素を含めたスタイルのゲームが増えてきた。それ自身は便宜性の向上もあるので歓迎すべき話ではあるのだけれど、制作側とユーザー側の思惑が多分にずれた形で展開され、悲劇を呼ぶ事案も増えている。

先日発売された、某有名シリーズの最新作。ちょいとした機会があって状況を精査したのだけれど、これがまあ酷い。上にある通り、色々と素晴らしいセールストークが並べられていたものの、実際にはお試し版レベルの内容、質の上でも今二つな構成。売り要素のいくつかは実装されてすらいない。それらを楽しみたかったら、DLC、ダウンロードコンテンツで補てんしてね、有料だよ、というもの。

で、パッケージ版自身の価格は、これまでの普通のソフトと変わりない。これではユーザー側が切れるのも仕方がない。

この状況、例えるならば楽しみにしていた小説を買ってみたら中身は第一章だけで、残りは添付されている応募用紙と小為替を送って購入してね、とかいう話。そりゃ怒る。例えは良くないけど、インターネットが普及する前に行われたR18系の通販ビデオの詐欺とパターンが同じなんだよね。人の業は時代を、媒体を超えて成されるというのか。


結局のところこれって、今のアプリ、ブラウザ系のソーシャルネットワークゲームと同じ。ただし今件の場合、「始める時にも相応の対価が求められる」「従来なら購入行動でほぼ完結できていた内容が、同レベルの価格で『窓口』しか買えない。しかもそれを明記していない」という点が問題。こちらは例えるなら、「最新パソコンです」とオークションサイトに写真を掲載して、実際に届いたらモックアップとかケースだけだったという感じ。

あまりユーザーを見下したビジネスを続けていると、その業界そのものがそっぽを向かれてしまうのだけどね......。

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このページは、不破雷蔵が2015年2月 1日 06:38に書いた記事です。

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