いわゆる「ほう・れん・そう」の実態あれこれ

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社会人として、あるいはもっと前、対人コミュニケーションが出来るようになり、集団生活をするようになってから(具体的には学生生活を始めてから)、必要不可欠な行動の心構えについて、「ほうれんそう」という形で説明することがある。つまり「報告」「連絡」「相談」を欠かさずに、ということ。独断専行で判断したり、誰にも相談せずにドツボにはまるのは、集団生活においては良くないよ、ということ。

......ではあるのだけど。まるで川柳や狂歌のように、こんな話が持ち上がったりする。実際に社会人で「ほうれんそう」をすると、こうなってしまうだろうな、という哀愁ただようお話。

これ、実は良く考えてみると、怒る(上司)側にも微妙な問題があることを提起している。「叱る」ではなくて「怒る」という点がポイント。怒った側がどのような認識をしていたかは不明だけど、報告をした側が「怒られた」と感じてしまう対応は良くない、という話でもあるんだな。この場合、本来ならば「(自分の為に)怒る」ではなく「(相手の為に)叱る」でなくちゃならない。

つまり「報告したら叱られる」でないと、単純に社会の実情の厳しさを示すだけでなく、上司の不甲斐なさ、能力不足をも表していることになる。ちょっとした言い回しの中に潜む深い意味。単純に面白がって笑っている人も多いけど、もうちょっとだけ奥底にあるものを考えてみるのも良いかもしれない。

ちなみに。


なんてのもある。こちらの方が「問題のある上司」の話としては、より分かりやすいかな。

さらに「成果が出れば上司の手柄、問題が生じたら部下の責任」なんてことも、ね。本当ならその逆でないといけないのだけど......。

            

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このページは、不破雷蔵が2014年8月27日 06:36に書いた記事です。

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