ぼくらが観たいのは「面白いテレビ」。「キレイなテレビ」じゃない

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大型テレビや高解像度テレビ(今ではほとんど同義か)、インターネットテレビなどテレビ映像機がボンガボンガと進化する昨今だけど、資料映像などで確認したテレビそのものの普及しはじめ、モノクロテレビからカラーテレビへの進化、ビデオデッキの普及時のような盛り上がりは感じられない。アナログからデジタルへの切り替えは「テレビそのものが観れなくなる」という危機感があったのでそれなりに話題には登ったけど、なかば強要された盛り上がりというか世代交代のようなもので、なんだか雰囲気が違う。趣味趣向そのものが多様化し、同じ人たちによるノリというか盛り上がりに欠ける時代になったのも一因だけど、どうも醒めた感は否めない。

それをもってして「テレビ離れ」云々とする声もあるけど、その本質をついているのがこのツイートでは無いかな。デジタル化されてテレビ本体の機能はリッチなものとなり、それこそお肌の荒れまでざっくりと見られるような、昔からは想像もできないようなリアルで細かなビジュアルまで家庭用のテレビで観られるようになった。でもそれがそのままテレビによって提供される娯楽、コンテンツの質を底上げするわけじゃない。仕組みが高度化されても、そこから出てくる内容が今までと変わらない、むしろ悪化すらしているんじゃないか(テレビそのものの高機能化、競合するインターネットやスマホのワンセグと合わせて相対的に考えれば、劣化と見てもいいやね)。

例えはちょっとアレだけど、本社ビルを思いっきりゴージャスなものに建て替えて、それで首が回らなくなり予算を切り詰めざるを得なくなり、社員の質が劣化した企業、みたいな。あるいはカウンターを整備してゴージャスな回転レーンを設けたけど、ネタの品質が悪化した回転寿司のような。

テレビ本体の機能を良くすれば、中身まで良くなるはずという、あるいはさらに「元々番組の質は高い。これまでウケなかったのは、テレビの解像度が低かったからだ」とかいった、根本的な誤解を有しているのが問題なんだろうな。

デジタル化は世界的な流れだったから、そして双方向のコンテンツを作るには不可欠な話(......とはいうけど、工夫すれば色々と手立てはあるので、そんなことはないんだけどね。楽になるかならないかという話)だったので仕方ないけど。仮にデジタル化に費やしたリソースをテレビ局・番組制作側の組織、意識改革と製作そのものに投入していたら、どこまでテレビそのものは変わっていただろうね。

視聴者がテレビに求めているのはテレビ本体でも無ければ、高画質な画面でもない。面白い、役に立つ、見終えた後に満足感、充足感を得られる番組なんだけどね。高画質であるか否か、双方向で参加ができるか否かってのは、二の次、三の次でしかないはずなんだけどな。

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このページは、不破雷蔵が2014年8月13日 07:40に書いた記事です。

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