「寛解した病人は仕事に使えない」という呪い

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先日の総理の話にからんで、一部界隈から病気と絡めて揶揄したり非難をする声が上がっている。その大部分が非人道的というか人でなしレベルのもので、強く糾弾されても「ごめんなさいね、てへぺろー」レベルの反応しか示さないあたり、つまりはそういうことなのだろうな、そういう考えしかできない存在なのか、とため息交じりに思ってしまう。世の中色々な人がいるから、そういう考えを持つ人がいてもおかしくはないのだけど、それなりの有識者や肩書の持ち主とか、普段は立派な、見識ある語りをしている人が、突然中身が入れ替わったようにその類の話をし始めるケースも見られたので、正直驚愕している。

「寛解した病人は仕事に使えない」(寛解とは完治とは違って、その病症が完全に排除消失したわけではなく、とりあえず長期間にわたって収まるだろうなという形になった状態。病症にもよるけど、再発可能性がゼロではない)という言葉。言われれば言われた本人には死ぬまで心に刻まれる。「また再発するかもしれないしーそういうリスクは負いたくないしー」とかまで面と向かって言われると、言われた側はマリアナ海溝レベルで心に刻まれる。全員がというわけではないかもしれないけど、少なくとも一人、当方自身がそういう存在。


潰瘍性大腸炎に限っても、相手が総理だから何をいっても構わない、どのような暴言でも許されるという雰囲気が一部で見られる。その暴言は総理自身だけでなく、同じ病症にある人、さらに似たような病症を患っている人にも向けられているのと同義であることに、どこまで気が付いているだろうか。そのレベルの聡明さがあれば、そもそも口にすらできないのだろうけど。

似たような話は以前当方の病症関連でしたことがあるかもしれないけど、怪我などのように外から見て一目でわかるような病症でない場合、当人がツラい状態にあることを理解できないことが多い。内臓疾患の類は特にそう。単にサボっているだけでは、詐病では、そんな目で見られ、態度をされる。これほどツラいものは無い。


あと、今件に限れば、特にツイッター周りでは、指摘されている通り、病症に絡んで無垢に揶揄したり、対象が対象だから別にいいだろうと放言するような人とは、距離を置くべきだというのは至言ではある。同じようなことは何度でも繰り返すし、社会規範の基本部分が欠けているので、自分にも殴り掛かってくる可能性は否定できない。さくりと離れるのが一番無難でリスクも軽減できる。ある意味、リトマス試験紙のようなものなんだろうな、と。

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このページは、不破雷蔵が2020年8月30日 07:52に書いた記事です。

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