学校行事や課題のセンシティブさ

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指摘されているものに限らず、学校、特に小学校においては個々の生徒の家庭内に深く入り込み、それを第三者に披露せざるを得なくなるという、センシティブな話が多い。差別の発生リスクとかプライベートの侵害などどこ吹く風。子供そのものが一つの個性、個人としての存在という形で認められていないとか、昔ながらの価値観による指導運営が継続されているだけの話ではないかという感はあるけど。

無論、子供を教える立場からすれば、それなりの情報を知る必要が学校側にはあるのだけど、例として挙げられている話はいずれも、他の子供達であっても他人に知らしめてよい話ではない。少なくとも披露された本人はよい感情を持たないだろう。

あるいは先生の頭が昔のままなのではなく、教育指導用の要項そのものが昔のままなのかもしれない。この辺り、教育現場そのものではどのような認識を持って実行しているのだろうか。個人的には例えば1/2成人式とかろくでもないことを考える、意識チャラい系の人達が少なからずいるように思えるのだけど。

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このページは、不破雷蔵が2020年8月26日 07:36に書いた記事です。

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