「それはタイトルの釣りだから中身を読め」と記事を読ませる方法論と

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昔からこの類の話は少なからずあったし、だからこそ「釣り」という言葉も存在するのだし、例えは同人誌の表紙詐欺なんてのはよく聞くネタ話ではあるのだけど。最近この類の話をよく見聞きするし、指摘も増えてきているので、ちょっと吐き出した形で。

確かに新聞などを手に取ってもらう、記事のヘッダーをクリックして読んでもらうためには、本旨とはまったく違う、せいぜいファールチップぐらいのものであっても、インパクトがあって強く関心を集めさせアプローチを得られるのなら方法論としては正解という話は理解できなくもない。広告論的なものとしてはその類の話はよくある。

ただその方法に誰も歯止めをかける人がいないものだから、それが当たり前、正攻法であるとの誤認が広まっている感は否めない。本文とは主旨を違えてもいいから、とにかくインパクトのある表記をすべしという手口が正当化され、編集部や出版社レベルでその方法論を勧める雰囲気がある...というか堂々とそれを主張している。けれど、そもそも記事題名の存在意義とは何か、ご存じだろうかというツッコミをしたい。第一記事題名もまた、記事の構成要素に他ならないではないか。そういうのを「羊頭狗肉」というのだし、それは決して褒められるものではない。

ネット上での方法論としては釣りの手口の方が「正しい」のだろうけど。それに浸かってしまったら、それはもう本来の記事とは別のものになってしまう。釣りのための道具でしかない。


動画共有サイトのサムネイルとか、先日話題に上ったソーシャルゲームのR18的広告とかいまだにFacebookでは跳梁跋扈している「パズル系ゲームの広告だけど実ゲームはまったく別の内容」な広告とかも然り。

境界線があいまいになっているので、詐欺的な行為をしても問題ない、むしろやった方が賢いって状態になっているのだろうけど。そういう風潮が媒体全体への不信感を高めてしまっているということに、どれだけの人が気付いているのか。「やった方が賢い」ということで得られる対価は、その媒体全体が蓄積している信用を少しずつ確実に食いつぶしているだけなんだよね。

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このページは、不破雷蔵が2020年6月15日 07:30に書いた記事です。

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